第五話 うまい飯
朝食は炊きたてのごはんと畑でとれた野菜たっぷりのお味噌汁。おかずはあまい玉子焼と魚の干物。空気が乾燥している今の季節は、境港でとれたカレイやイカを軒先で干して一夜干しにしている。これが旨味が増してほんとうまい。お漬物のぬか漬けはおばあちゃんの特製。冬が旬の大根が良い風味になっている。何十年と生き続けている貴重なぬか床。
土間をあがった居間には囲炉裏があり、そこで鍋物や焼き物をしている。
この家は何十年も昔から時が止まっているようだ。
柱には年季の入った振り子時計がかかり、1時間ごとに時を知らせてくれる。
静かだな…。
食事をする部屋にはテレビもないので、聞こえるのは屋根から雪が落ちる音と、小鳥のさえずりくらい。
目の前の食べ物に集中すると、味がよくわかる。
お味噌の出汁とか塩分とか、白米の甘味。
味覚が研ぎ澄まされる。
「おいし…」
思わず箸がすすみ、ご飯もおかわりした。
たくさん食べる僕を見て、おばあちゃんは喜んでいる。
「若い子の食べっぷりは見てて気持ちいいが。わたしとじいさんだけだと作ってもそんなに食べんけんね。いっぱい食べや」
不思議だ。クリスマスの食事が喉を通らないほど落ちこんでいたのに、食べ物の栄養が身にしみるが、心まで元気にしてくれるようだ。
「おばあちゃん、この家子どもの妖怪がいるの?」
…と夜中の出来事を聞いてみたかったけど、やめておいた。
誰かに話して信じてもらえるとも思えないし、何より今はあの子と僕の秘密にしておきたい気持ちもあった。
子どもの妖怪といえば座敷わらしか。はたまたこの家には蔵もあるので蔵の守り神、倉ぼっこなんかもいるらしい。
お母さんはゲゲゲの鬼太郎の作者、水木しげる先生と同じ境港の出身なので、小さい頃から妖怪の話をいろいろ教えてくれた。
だからだろうか、あの子の存在を違和感なく受け入れているのも。
それに、あの子とは昔会っている。
幼い頃、一緒に遊んだことがある。
だからなつかしい友達と再会したような気持ちで、あんなふうに夜中突然表れても恐怖心とかはなかった。
「さて、食後にひと運動しようか」
僕は雪下ろしを手伝うことにした。
おじいちゃんひとりでは大変な重労働、寒空の下でも汗をかく。
屋根から降ろして軒先に溜まった雪は、後でかまくらにしよう。
ひと仕事終え温かい部屋で甘酒を飲み休憩していると、おじいちゃんがポチ袋をくれた。
「今日のお給料」
ボソッと照れくさそうに言って手渡すと、そのままスタスタと自室へ戻っていった。
袋の中には5,000円札が1枚入っていた。
1時間ちょいでこれだけもらったら、かなり割のいいバイトだ。
「こんなにもらっていいのかな…」
躊躇する僕におばあちゃんが言った。
「遠慮なくもらっとき。お小遣い渡す人もおらんけん、じいさんもうれしいだが」
そういうもんか…。
誰かに何かできること。相手が喜ぶことをすること。おじいちゃんの気持ちのこもったお小遣いは、愛情と幸せが詰まっていた。
まぁ渡す相手が孫と他人ではわけが違うが、人に何かしてもらうのが当然というヤツもいるが。
元カノを思い出して苦笑い。
そんな傲慢な人間にはなりたくないな、僕は自分に改めて言い聞かせた。
「あまくておいしいなこれ…」
甘酒は生姜が効いて、香りのいい地元の酒蔵の酒粕から作っているそうで、はちみつも加えこれ以上ないくらいまろやかな至福の味。
疲れた身体に元気を与えてくれる。
天気予報では夕方から夜にかけて冷えこみ、再び雪が降るようだ。それまでに仕上げたいと、僕は午前中からかまくら作りにとりかかった。
雪降ろしで積んだ雪があるので、それを固めて少しづつ人が入れるスペースの穴を掘っていく。
時々表面を水でなめらかにし、低温の外気で固めていき内部も磨いて補強していく。
日が頭上に昇りお昼になると、少々不格好だがいい感じのかまくらになった。
「まぁ上手にできたねぇ!かまくらなんて久しぶりに見たわ」
おばあちゃんがまるで少女のように目を輝かせて喜んでいる。
それにしても雪の重みは半端ない。腰は痛いし、朝食しっかり食べたのにすぐお腹が減る。
「寒いと体温を上げようとしてカロリー使うけんね。お昼はカレー作ったけん、しっかり食べ」
鳥取県は家庭でのカレー消費量が多い県らしい。理由のひとつにつけあわせのらっきょうの名産地であることも挙げられると聞いたことがある。
料理の得意なおばあちゃん、ぬか漬けやらっきょうの酢漬け以外にも、梅干しや梅酒もビンに詰めて保管している。
昔ながらの土間の台所には、手作りの保存食が色とりどりに並んでいる。
昼食のカレーには長芋が入っていた。これも鳥取の特産品だ。とろりとしたルゥの中にシャキシャキの食感。
「えっ!めっちゃおいしいこれ」
お肉はやわらかい鶏肉。
「鶏は大山鶏だけん、ここでしか食べられんばあちゃんスペシャルの鳥取カレーだが」
「来てよかった。ほんとめちゃめちゃおいしい!らっきょうの甘酢漬けも最高っ」
無口なおじいちゃんは普段褒めることはないようで、絶賛されおばあちゃんはにこにことうれしそう。
飯がうまい。心底そう思った。悲しくてどん底のクリスマスイブだったけど、辛い気持ちを今頭の中から追い出せてる。
それに僕にはやることがある。
そのことに意識を向けることで、嫌な記憶を振り返らないで済む。
あの子との約束を思い出さなくては。
そして、もうひとつ気付いたことがある。
無心で身体を動かし、労働のあとのごはんがこんなにもおいしいということを。
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