第三話 雪の夜
しんしんと。
静かな雪の夜は、よくそんな擬音で表現される。
雪が、音の粒子を吸い取って空から落ちてくるから、みんな寝静まった雪の夜は特に静かなんだよ。
ずっと昔、そんな話を聞いた気がする。
誰に教わったんだろう、ぼんやりと輪郭が脳裏に浮かぶ。
多分女の子だった。幼い頃一緒に遊んだ近所の友達かな。
離れの部屋に布団を引いてもらい、その夜は早目に寝床に入った。
今夜も冷えるから、とおばあちゃんが火鉢を用意してくれた。
陶器の中には炭が入ってる。心まで温めてくれるような、じんわりとした遠赤外線の暖かさ。
田舎の夜に娯楽なんてそう無い。
テレビのチャンネル数も少ないし、歩いていける距離にコンビニもない。
寒いし要は早く寝るに限るということだ。
携帯の電源もずっと切ったままカバンに入れっぱなしにしている。
だからあのふたりのこともシャットアウトしたままだ。
布団に潜り目を閉じると、昨日の出来事や今まで一緒に過ごしたこと、走馬灯のように浮かぶ。
人間考えたくない記憶ほど、なぜか何度も何度も反復して思い出し、その都度悲しくなるのはなぜだろう。
胸が痛い。
「なんだよ、なんでだよ…」
おじいちゃんおばあちゃんといる時はたわいもない話をして気分も紛れていたが、ひとりになると急にさみしさと絶望におそわれる。
「僕が何したっていうんだよ…ウゥッ…」
未来はバラ色だった。
弓道の腕前を上げ全国大会にも行き、友達と笑いあい遊びも学びも全力で楽しみ、一目惚れした大好きな子が彼女になり、充実した高校生活を送っていた。
けれどそれは砂上の楼閣、はたまた蜃気楼。幻の幸せでしかなかったのだ。
「自分ひとりで浮かれて、バカみたいだ…ヒック」
暗い部屋の中頭から布団を被っていると、なんだか世界中でひとりぼっちになったような孤独感にさいなまわれる。
それくらい、17歳の少年にとって恋人と親友の浮気現場生目撃は衝撃的過ぎた。
「ウッウッウッ…うわーァァァん!!…」
ここなら人目を気にせず泣ける。
堰きを切ったように、僕はただ泣くことしかできず、泣き疲れてそのまま眠ってしまった…。
どれくらい時間が経っただろう。
枕元のライトを付けて時計を見ると、夜中の2時だ。
変な時間に目が覚めたな…。
寝ぼけまなこの僕はぼーっとしながら灯りを消して再び横になると、背中越しぼんやりと何かが光るのが視界に入った。
金色に輝くその丸い光は徐々に大きくなり、人影になった。
なんだろう
不思議と怖いという感覚はなく、僕は身体を光の方へ向けた。
するとなんとも言えない温かさに包まれ、悲しい気持ちが癒えていくのが感じられた。
よく目を凝らすと、人影は着物を着た黒髪のおかっぱ頭の女の子だった。
年齢は6〜7歳くらい。
色白で目の大きいかわいらしい子。
「おかえり、優樹くん」
この声、昼間聞いたあの声!
リンリンと耳に響くような、とても聞き心地の良い声。
おかえり…?
「あれから10年経ったって、ばぁば言ってたね。わらしの世界では10年なんてすぐだけど、人間の世界では長いんだね。優樹くん、こんなに大きくなるんだね。でも見た目は変わっても、優樹くんの心はあの時のままだから、わらしすぐわかったよ」
コロコロ笑いながらよくしゃべる。
あぁ、そうだ。僕はこの子と昔、すでに出会っている。この子を知っている。
記憶の扉が開いた。
「はじめて出会ったのも、こんな雪の夜だったね」
なつかしい気持ちがこみ上げてきた。
「よかった!思い出してくれたんだね」
うれしそうにその子はにっこりと微笑んだ。
僕が7歳の時。
年末に大掃除を手伝っていた時のことだった。
蔵の中でお姉ちゃんとふざけてて、古い人形を壊してしまった。
要領のいいお姉ちゃんは自分は関係ない、優樹が勝手にやったと僕のせいにして逃げた。
それを大切にしていたお母さんに僕だけものすごく怒られ、僕は理不尽さに納得いかなくて部屋でひとり泣いていた。
今日みたいに雪がたくさん降る静かな夜だった。
今目の前にいるこの女の子と全く同じ姿の女の子が、ひょっこり縁側からやってきた。
赤い着物に絣の半天を羽織っていた。
田舎だしてっきり近所の子が勝手にあがりこんできたのだと、その時は思っていた。
田舎は結構プライバシーがなかったりもするし、隣近所の人でも家族みたいに自由に人の家に出入りすることもある。
「どうして泣いてるの?」
その子はうんうん、と僕の話をひたすら聞いてくれた。そして
「それってこのお人形?」
僕が壊したはずの人形が、元通りになってそこにあった。
「えっ??壊れてないなんで??」
フフッ
女の子は無邪気に笑った。
「これ元々わらしのだもん。だから壊れる前の時間から持ってきちゃった」
「?どういうこと??」
「うーん、説明は難しいからいいや。これ持っていったらきっとお母さんも許してくれるよ。わらしの大事にしてくれてありがとうって、伝えといて」
じゃあまたねー
その子は手を降ってどこかに行ってしまった。
ハンガーストライキを起こし夕飯にも出てこなかった僕を心配して、お母さんがその後僕の部屋に食事を持ってきた。
「誰かいたの?」
「いや、その…」
「あら、その人形。どうしたのきれいに治ってるじゃない!?」
「なんか見たことない女の子が来て、わらしの大事にしてくれてありがとうってお母さんに伝えといてって言ってたけど…」
「あー、そぅ…優樹には見えるんだ…」
「優樹にはって、どういうこと??」
「ううん、何でもない。いつかその子が教えてくれるよ」
「あの日が、はじめて会って話した時だったね」
うんうん
満面の笑みで、その子はうなづいた。
こちらまでうれしくなる、とても幸せそうな笑顔。
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