第137話 ループ最終盤

 王国歴361年9月29日、水曜日。とうとうループも終わりが近付いてきた。


 僕らはウルリカの工房の隣に建てたフォートにこもり、錬金に興じていた。これまで僕が開発したアイテムは自動エーテル化装置で濃縮付与を施しているんだけど、新たに錬金の秘密を知った殿下とラクール先生、そしてリュカ様は、夢中になってドロップ品にMPまりょくを注いでいる。濃縮付与、Max付与を覚えたウルリカもだ。


 僕は複雑な感情を抱いていた。たった半月とはいえ、彼らとは立場を超えて友情のようなものが芽生えている。しかしループを迎えれば、彼らは全てを忘れて僕らは他人に戻る。覚えているのは僕だけだ。


 こんな知識を広めてはいけない。僕一人で抱えている分にはともかく、知っている人が増えれば増えるほど危険は増す。だから、全てがリセットされるのはいいことなのだ。いいことなのだけど———特にウルリカとリュカ様。彼らとはこれまで、仲良くなっては赤の他人に戻ることを繰り返してきたため、やるせなさが募る。まるで3周目の終わり、ウルリカと次女のリアさん、孫のオーダさんにループの秘密も告げずに別れた時のようだ。


「考えたとて仕方ないじゃろ、アレクシよ」


 僕の様子に気付いたウルリカが、気遣って声を掛けてくれる。彼女は森人エルフだ、人間族ヒューマンよりもずっと長い時間を生きている。出会いと別れを繰り返してきた彼女だからこそ、僕の心情を汲んでくれるのだろう。


「僕もこの楽しい時間を忘れてしまうかもしれないと思うと、心苦しい。だけど君と過ごした時間は、無駄ではないと思いたい」


 リシャール様がイケメンだ。彼は第三王子という立場上、策略家な部分が苦手だと思っていた。だけど悪気があるわけじゃない。彼個人は良識的な好青年だ。ループの元凶がアーカートにあると知ってから、彼とはずっと距離を置いて来たけども、彼がもし国家権力として僕の力を利用しようとするのでなければ、彼とは良き友人になれたかも知れない。土属性仲間だしね。


「はっはっは。何をうれうことがある、アレクシ・アペールよ。君は自分の偉業を誇りたまえ」


 空気の読めない男、ラクール先生。彼はマロール監視の密命を受けた軍人で、王家の剣として任務に忠実、熱い男だ。甥のリュカ様にも心を砕く優しさも持ち合わせている。悪い人じゃないんだ。僕と決定的に相性が悪いだけで。


 僕は彼の軍人としての資質を舐めていた。僕のお墓参り大作戦は、かなり初期の頃からマークされてたみたいだ。以前から分かってたことだけど、王宮は闇属性コミュニティともパイプがある。バラティエ商会、つまりブリュノのところに贈った指輪がリュカ様のと酷似していて、その辺りとも紐付けられていた。迂闊だったな。ループごとにリセットされるから、バレてないと思ってたんだけど。次からは足がつかないように、慎重に対策しなければならない。


「アレクシ。僕には兄上がいるけど、指輪を贈ってくれたアレクシのこと、ずっと本当の兄上みたいだって思ってたよ」


 リュカ様がはにかみながら微笑む。僕は彼のこういう笑顔に弱い。つい前のループでガチムチに進化した彼に寝技を仕掛けられそうになったのに、やっぱりこうして純粋に好意を示されるとほだされてしまう。彼とは長いお付き合いだ。僕にとっても、もはや彼は弟のようなもの。何度ループしても、一人であの伯爵邸で戦ってるのかと思うと放っておけない。


「ありがとうございます、リュカ様。再び時が戻っても、また会いに参ります」


「うん。今度はカードだけじゃなくて、ちゃんと会いに来てね。約束だよ」


 成長期が遅く、頭半分小さいリュカ様が僕にハグしてくる。なんだか鼻の奥がツンとして情けない。


「おうおう、仲睦まじいことは良いことよな」


 そんな僕らのことを、ウルリカがよこしまな目でニヨニヨ見ている。台無しだ。




 そして迎えた王国歴361年9月30日、木曜日。


 ループの前の僕は、いつも不安定だ。そんな僕の様子を見越して、今回は四人がループの終わりに立ち会ってくれることになった。誰かと一緒にループの終わりを迎えるのは初めて———いや、違うな。前回はリュカ様にキスされそうになって終わったんだった。思い出したくない。


 みんなと一緒にループの終わりを迎えるのと、一人で迎えるのと、どっちが寂しくないだろう。今の僕には分からない。だけど、僕の話を信じてくれて、最後まで側で励まそうとしてくれる気持ちは嬉しい。ウルリカやラクール先生は、どっちかっていうと好奇心の方が強そうだけど。


 僕だって男だ。こないだ誕生日を迎えて、19歳になった。最後くらいは気丈に振る舞って、笑って別れるくらいのことはしたい。だけどリュカ様がうるうると涙を流しながら僕にすがりついて来るからたまらない。やめてくれ。泣いちゃうだろ。


「巻き戻ったら、僕を訪ねて来てくれ。きっと力になろう」


「そうだぞ、アレクシ・アペール。遠慮なく頼って来るがいい」


 殿下にラクール先生。ツッコミ所は多々あるけど、その気持ちは嬉しい。


「我ら森人エルフとて、まだまだお主に助力する余地はあろう。早めに訪ねてみよ」


 ウルリカは、僕が何度か森人を頼ったことを知っている。もしかしたら、まだ僕の知らない技術や解決策を彼らは持ち合わせているかも知れない。今度は転移を取り次第、最優先でウルリカに会いに行ってみよう。そして、


「アレクシ。ずっと一緒だよ。絶対僕に会いに来てね」


 リュカ様が僕をハグしたまま離してくれない。いっそこのまま彼も一緒にループ出来たら、心強いんだけどな。


 時刻は間もなく0時。僕は三人に見守られ、リュカ様としっかり抱き合った状態で———光に包まれた。

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