第138話 違う涙(完)
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ここまでの冒険を 記録しますか?
→はい
いいえ
===
えっ?
はっ?
真っ白な視界の中で、シンプルなウィンドウがポップしている。記録?どゆこと?とりあえず「はい」を選択。
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タイトル画面に戻りますか?
→はい
いいえ
===
いやいやいや。タイトル画面ってなに。僕は恐る恐る「いいえ」を選択した。
すると白い光は急激に眩さを増し、ウィンドウを飲み込んでかき消して———
「お、目覚めよった」
間が抜けた声がして、僕は恐る恐る目を開ける。———見知った顔だ。
「急に倒れるから心配したぞ。大丈夫なのか」
「アレクシ!アレクシぃ!!」
「良かった、意識はあるみたいだね」
———はっ?
「いやあ、ループなどと言うから一体何が起こるのかと冷や冷やしておった。何じゃ、気を
「えっ?」
「ははっ。大佐とも話していたんだ。もしアレクシの言う通りに時が巻き戻るなら、僕らは全てを忘れて三年前に戻るのか、それともアレクシの存在だけが消え失せて、僕らだけで時間が進むのか。あるいは、僕らがこうして集まった世界線が何事もなく継続していくのか」
「最後のパターンになりましたな、殿下」
「良かった、アレクシ!もうこれからずっと一緒だよ!!」
頭が混乱して、うまく物事を把握できない。どういうことだ。
僕は確かにさっき、ループの最後まで進んだはずだ。そしていつもの通り、白い光に包まれた。そしてそのまま次のループに自動的に飛ばされるかと思いきや、謎のウィンドウがポップした。このパターンは初めてだ。
ちょっと待って。つまりプレイが一周終了するたびに、「セーブしますか」「タイトルに戻りますか」ってコマンドを入れれば良かったってことなのか?
要らないだろ!
それ普通、要らないだろ!!
だって乙女ゲームが一周したんだぞ。セーブするかどうかなんてわざわざ聞かなくても、オートセーブで問題ない。そしてタイトル画面に戻りますかなんて聞かなくても分かる。逆にタイトル画面に戻らずに何をするのか教えて欲しい。もちろん、僕が書いた「ラブきゅん学園
———ああ。
前回の界渡りで、僕は総合プロデューサーとしてゲームのプログラミングに直接タッチしなかった。そして全ての仕様をこの目で確かめたわけじゃない。だけどうちのチームはすごく優秀で、僕が書いたんじゃ到底作り得なかった名作に仕上げてくれたはずなんだ。まさか、最後の最後にこんな———
「う、う…あぁ〜…」
僕は人目も憚らず号泣した。それに釣られて、リュカ様も僕に抱きついて改めて号泣した。僕を覗き込む残りの三人も、目に涙を浮かべてその様子を見守っている。
しかしきっと、僕だけが違う涙を流していた。
王国歴361年10月1日、金曜日。
放心状態の僕を、みんなはそっとしておいてくれた。何度も三年間を繰り返した僕が、やっと普通の人生を取り戻したんだ。精神状態が不安定になっていても仕方ないだろうって。
僕のメンタルはガタガタもいいところだ。まさか不要だと思ってカットしていたダイアログが、ループ終了の鍵だったなんて。いや、悔いたって仕方ない。これでやっと、ループを終えたんだ。これまで何十年と費やした二つの世界での人生も、きっと無駄じゃない。今の僕には高いレベルにあらゆるスキルや魔道具、付与術がある。世界中に転移地点を登録してあるし、僕ほどこの世界を熟知している人間はいないはずだ。僕はやり遂げたんだ。これからは自由に生きていいんだ。
しかし疑問は残る。僕はプレイヤーじゃないはずなのに、どうして僕に「冒険を記録しますか」とか出て来たんだろう。転生者だからか?しかし、真実を知る術はない。もう二度の界渡りをした。こちらの世界がループしない以上、僕はもう元の世界に渡ることはできない。
戻れないって分かったら、ちょっと寂しいな。家族、開発チームのみんな、岡林君。もう会うことはないんだ。既に一度人生を終えているんだから、また会いたいなんて贅沢な願いだけど。だけど僕、こっちでループを繰り返して、あっちに戻れて本当に良かった。だって今回、僕は一人で頑張る代わりにたくさんの人に支えられ、自分では成し得なかったことを成し、いっぱい感謝して感謝されて、とても幸せだったから。関わった人にたくさんの「ありがとう」を伝えられて、思い残すことは何もない。
もしかしたら、僕がこちらで経験したループは、あっちで人生をやり直すために起こったのかも知れないな、とも思う。
しかし。
「さあ、巻き戻しが終わったということで、早速次のダンジョンへ向かおうではないか!」
ラクール先生の声のボリュームはおかしい。ずっと近くでいると難聴になりそうだ。
「ははっ。大佐、気が早いな。それよりまずは国防だ。アレクシ君、君の忌憚のない意見を聞きたい」
「えっと?」
「殿下、横暴です。アレクシは長い旅を終えて疲れているんですよ。僕とゆっくり過ごそう。ね、アレクシ」
「おほっ。
問題はコイツらだ。ああ、僕は迂闊だった。お墓の浄化でラクール先生にマークされ、見つかり、死に戻って捕獲されて、どうせループが終わるからと洗いざらい秘密をぶちまけてしまった。満面の笑みで僕に迫り来る彼ら四名を、僕はどうすればいいのだろう。
「えっとまずは…
僕はそう提案してお茶を濁した。彼らは「そういえば」という顔で承諾し、近いうちにウルリカの故郷へ向かうこととなった。問題を先送りしたともいう。
逃げなければ。断固として彼らから距離を置かなければ。ウルリカとリュカ様はいいとして、ラクール先生とリシャール殿下とこれ以上仲良くする気はない。幸い僕には世界中に転移の座標を持っている。転々と転移を繰り返せば逃げられるはずだ。いや、どうして指名手配犯のような逃亡生活を送らなければならない?平行移動だけではなく、再び時間軸を移動することができればいいんだけど。くそっ、界渡りカードを二度切ってしまったのが悔やまれる。僕はおばば様に相談して、再び界渡りを使えるようにならないか知恵を借りるつもりだ。僕が異世界と往き来出来ると知ったら、好奇心旺盛な森人たちはきっと協力してくれるだろう。
かくして僕は、ループ解消に奔走する長い戦いを終え、今度は王子と軍人から逃げるために自分から時間遡行を求める戦いに身を投じるのだった。
僕の戦いは、これからだ!
「———やっぱりあれは魔石だった。そして作ったのは君だったんだね。見つけたよ、アレクシ『お兄ちゃん』———」
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