第136話 追求

 翌日。昨日と同じ応接室に通されて、僕は息を呑んだ。


「紹介しよう。こちらが墓地に残された魔石と魔道具の鑑定を依頼したオルドリシュカ・オブロフスカー師、そして私の甥のリュカ・ラクールだ」




 ちょっと待って。僕は昨日レポートを書き上げて、どんな組み立てでどんな説明をしようか、きっちり頭の中でシミュレーションしてきたんだ。だけど、彼らの顔を見てそれらが吹っ飛んでしまった。なんでいるの。これじゃあ話がもっとややこしくなるんだけど。


 レポートの要旨レジュメを読むリシャール殿下と、顎鬚を揉みながら本文に目を落とすラクール先生。残りの二人からは、怪訝な視線。僕は震える手でお茶を頂きながら、この沈黙をひたすらやり過ごす。


「ふむ。にわかには信じがたいが…」


 やがて殿下と先生がレポートを読み終え、後の二人に回され、昨日の尋問の続きが始まった。


 王宮がウルリカと伝手を持っていたのは驚いた。彼女はクララックの片隅で細々と付与を営んでいた印象しかないから。だけど、我が国の魔法省、通称「塔」がご主人のオレク・オブロフスキー師を祖として仰ぐ組織なんだ。国家単位で懇意にしていてもちっとも不思議じゃない。そういえば、彼女の工房には途切れることなく付与の依頼が持ち込まれていた。大体はカバネル家が仲介していたけど、時折カバネル家の者ではない使者が訪れていたこともある。あの中に、王宮関係者がいたのかもしれない。


「さてアレクシ君。君は昨日、魔石や魔道具は拾ったと言ったが」


「———申し訳ありません。信じていただけないかと存じますが、自分で作りました」


「ふむ。アレクシ・アペールについては特段変わったところのない生徒かと思っていたが、過去の世界で学んで来たというなら合点が行くな」


「しかしこの付与については、わしあずかり知らぬ技術じゃ。一体どこで身につけた?」


「僕が教わったのはオルドリシュカ師です。試しに同じ素材に付与を重ねた結果、このような技術に辿り着きました」


「なんと、オルドリシュカ師に直接師事しただと!」


 色々あったんだよ、色々ね。話は濃縮付与から付与術全般に逸れようとしたが、そこは殿下が元の話題に引き戻した。


 僕がレポートに書いたことは、この三年間を何度かループしたこと、その間にリシャール殿下やラクール先生とも面識があったこと。それから迷宮を攻略したり、錬金術を習ったりしたこと。魔道具は迷宮の産出品に付与を重ねて作り出したこと。殿下とラクール先生が僕に問い正したかったのは、主に僕の浄化の動機と戦力だ。彼らは北部国境と国内治安維持担当だから。


「迷宮に関しましては、国内の迷宮は大体踏破しています。必要に応じて国外のものも」


「なるほど、それでこの魔石とロザリオか」


「しかしアレクシ・アペール。君は昨年までずっとマロールに居たはずだが」


「…僕には飛翔フライと転移スキルがありますので」


「「「「!!!」」」」


 ああ、言いたくなかった。だけど、飛翔と転移がなければ、僕の機動力の説明がつかない。


「なるほどのう。これで繋がったな、リュカよ」


「はい、オルドリシュカ師」


 したり顔の二人。そうだ、僕はずっと気になってたんだ。どうしてここにリュカ様が?


「これに見覚えがあるじゃろ」


 ウルリカがテーブルに置いたのは、尖ったデザインの指輪。僕がリュカ様の部屋に置いておいた、状態異常軽減のヤツだ。


「錬金術師の仕事には、それぞれ癖がある。正確には、エーテル化の際に自分の魔力が混ざるもんじゃ。しかしこの指輪といい、魔石といい、ロザリオといい、特定の個人の波長が一切感じられなんだ。———この指輪、お主の仕業じゃな?」


 ちょっ、ウルリカはそんなこと教えてくれなかったじゃないか!そして慌てている僕の目の前で、今度はリュカ様がカードの束を差し出す。


「レポートの字と、筆跡が同じだ。君が指輪とカードを置いたんだね、アレクシ」


「ヒッ」


 もうやだ。君ら、どこまで調べ上げたの。




「それにしても、マロールに居ながらこうも暗躍していたとはな。まんまと一杯食わされたぞ、アレクシ・アペール!」


 上機嫌なラクール先生。相変わらず声も圧もデカい。彼が上機嫌な時は、決まって僕が窮地の時だ。ここはプレオベール上空。僕はみんなを連れてプレオベールの風属性ダンジョンまで跳び、何度か周回してから、みんなの目の前でルフのタリスマンを作成。それからこうやって、飛翔フライのデモンストレーションを行っているというわけだ。


 いずれこうなるかと思った。こっち側での人生は、いつも誰かを連れてパワーレベリングばっかりしてた気がする。


 あの後、四人がかりの総ツッコミを受けて、僕は洗いざらい吐かされた。かつて「塔」に所属して魔道具を作っていたこと、その関係で自動エーテル化装置を編み出したこと。自分の魔力を使わずに付与が出来たのはそのお陰だ。その流れで聖句の短縮から無詠唱に話題が移ると、バトルジャンキーのラクール先生が居ても立ってもいられず、尋問は実際に目の前で戦闘や付与を行いながら続けられることになった。そして案の定、ダンジョンを回ってキャッキャウフフしている。みんな好きだもんね、ダンジョン。


「それにしても、高難易度のダンジョンがまるで散歩のように…」


 殿下が複雑な表情をしている。もしこんなことがおおやけになったら、国内の治安維持どころか再び戦乱の時代が到来するだろう。軍事力は大きくなればなるほど、戦争は悲惨になる。このような知識は広めてはならない。


 しかしそれ以上に、力への欲望は抑え切れない。風よりもはやく飛び、強烈な弾丸で巨大なモンスターを掃射する。体中を駆け巡る万能感と爽快感。これまでたった一握りの英雄しか持ち得なかった能力を実際に手にして、抗える奴なんかいない。


 彼らにこれらの秘密を語るのは、ちょっと早まったかなって気がしなくもない。僕は間もなくループを終えて、また三年を遡るだろう。僕と彼らとは面識がなく、僕以外にこういった知識のない地点に戻る。だけど、もしループが世界全体に起こっているのではなく、僕だけに起こっているのだとしたら。僕だけがいなくなって、彼らはこのままこの世界線を生きるのだとしたら、この知識と力は彼らの良識に委ねられることになる。この四人に限って、力を悪用するようなやからには見えないが———いや、ラクール先生はどうかな。リシャール殿下も、政治的に必要なら武力行使も辞さないだろう。そしてよしんば彼らが戦争目的に使わなかったとして、もし第三者がこの秘密に気付いた時に、悪用されないとも限らない。


「あのっ、出来ればここだけの話にしていただけましたら…」


「案ずるでない、アレクシよ。我らが監視しておる」


 ———そうか。魔道具と聖句の秘密、そして錬金術そのものは、もともと森人エルフの知識だ。彼らはそれらを手にしたまま、世界の監視者として各大陸の森林に鎮座している。知識と力を平和と研究目的のためにのみ使うことは不可能じゃない。それを彼らは体現している。


 だけどなあ。アーカートでおだてられるがままに秘術を漏らしちゃったオレク・オブロフスキー師。彼を監視し切れなかった前科が、森人とウルリカにはある。そもそも人一人ずっと監視し続けるなんて不可能だ。不安材料しかない。


 上空をブンブンと楽しそうに飛び回る彼らを見上げながら、僕は憂鬱なため息をついた。

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