第135話 尋問

 王宮のことはよく知らない。だけど知らなくても分かる。官吏かんりたちがせわしなく歩き回る建物を経て、侍女たちがしずしずと働く静かな建物を経て。僕はどんどん王宮の奥、どちらかというと王族のプライベート空間にいざなわれているらしい。そうして辿り着いたのは、小ぶりな応接室。小ぶりといっても、学校の教室くらいの広さはあるけども。


 僕を迎え入れた人物は二人。一人はラクール先生、そしてもう一人はきっとこの部屋の主———第三王子、リシャール殿下。


「ああ、堅苦しい挨拶はいい。ここは僕のプライベートな部屋だから、楽にしてくれていい」


 ひざまずいていた僕は、促されて恐る恐る下座に座る。


「あっあのっ、殿下におかれましては」


「ほう、この方がどなただか心得ているようだな」


 ヒッ!そういえばこのループでは初対面だった。貴族学園に入学した4周目、彼らがマロールに転入してきた5周目に散々苦労したので、すっかり見知った気になっていた。


「いいじゃないか、大佐。彼は人知れず高度な魔道具を置いて回った張本人だ。これまで表舞台に立つことのなかった僕のことだって、知っていてもおかしくない」


 殿下の目が爛々と輝いている。あれは獲物を捉えた時のヤツだ。絶対に逃がさないぞっていう。ラクール先生も同じ表情をしている。彼らは鬼門だ。かつて彼らに目を掛けられ、苦渋を舐めさせられた過去がぶり返してくる。




 僕は、墓地や曰く付きの土地の浄化について尋問を受けた。曖昧に濁そうとすると、二人から鋭いツッコミが入る。怖い。何一つ隠しておけない。


「それでは、墓地の浄化はほんの出来心だったと」


「その、パアアーッと綺麗になって嬉しかったっていうか」


「その魔道具とやらはどうやって」


「あっ、えっと、拾ったっていいますか」


「見せてみなさい」


 僕は渋々、引導の魔石を取り出す。


「なるほど、同じものだ。魔素がみなぎる特大の魔石に解呪の効果。このようなアーティファクト、聖教国とて保有しないだろう」


「うぇっ」


 ヤバい、オーバーテクノロジーだったか!それなら教皇のロザリオの方を出すべきだった。そしておずおずとロザリオを差し出すと、更に詰んだ。


「遠く異国のダンジョンで産出するというロザリオ。しかし通常産出するものより遥かに高い効力を有する。こんなものがいくつも存在するなど、あってはならないことだ」


 冷や汗が止まらない。背筋を滝のように流れ落ちて、そのうち僕は干からびてしまうんじゃないだろうか。いっそ消えてしまいたい。


「だからそのっ、拾ったっていいますか…」


「まあまあ、大佐。そんなに詰問したら、彼も答え辛いだろう。僕らはなにも、君を咎めようというんじゃない。君のしたことはとても善いことだ。善行を成した君を褒めこそすれど、害しようなどこれっぽっちも考えていないさ」


「あっあのっ、恐れ多き」


「ただちょっと、その魔道具の出所を聞きたいだけなんだ。そして君のその力を、これから僕に貸してくれないかってね」


「ひぇっ!」


 万事休す。これまで数々のピンチに立たされて来たけど、今回はその比じゃない。




 しかし、どこからどこまで話したものだろうか。僕はこれまで数えきれないほどのループを繰り返し、界渡りも含めると長い時間を過ごしている。全部話せば長くなるし、彼らも関係ないところまで聞きたくないだろう。時間も押していることだし、僕は一旦解放されることになった。また明日、改めて尋問があるそうだ。


 ここは白樺宮、現在第三王子リシャール様のための宮殿だ。他の宮殿よりずっと小ぶりだというものの、それでも小さい学校の校舎ほどの大きさがある。僕は客間に通された。そこで彼らに説明するためのレジュメを作る。どうせこのループもあと半月だ。焦ることなんかない。半月生き延びれば、後はいつもの通りマロールの寮室で目覚め、全てがリセットされるだろう。これまでの僕の道のりがいかに荒唐無稽であっても、調べるすべもない。ならば変に作り話なんかしないで、正直に答えてしまってもばちは当たらないだろう。


 この三年間を何度かループしたこと、その間にリシャール殿下やラクール先生とも面識があったこと。それから迷宮を攻略したり、錬金術を習ったりしたこと。魔道具は迷宮の産出品に付与を重ねて作り出したこと。彼らが聞きたいのはこのくらいだろうか。しかしレポートか。何度かラクール先生にレポートを書いて提出したループがあるが、いずれもロクな結果にはならなかったな。もうあと二週間だし、転移で逃げ切ってしまいたい気もする。しかし、僕を追って来た彼らの手の内を知ってからでも遅くない。


 僕は目頭を揉みながら、ため息をついた。

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