第132話 Love & Kühn社のその後
昂佑が大学在学中から立ち上げた
当初乙女ゲームとして開発された「ラブきゅん学園♡愛の魔王討伐大作戦♡」。しかし岡林君率いるOKABAYASI広告代理店チームが関与した結果、よりユーザー数の多いゲームへの移行に踏み切った。より多くのユーザーに訴求するなら、受け皿となるキャラがセシリーだけでは物足りない。急遽「真・ラブきゅん学園♡愛の魔王討伐大作戦♡」というタイトルで、RPGゲームにリメイク。アドベンチャー要素を残しながら、サブキャラにもボイスやイラスト、ストーリーシナリオを大量投入した。実はこれは、後にスマッシュヒットした「ラブきゅん学園
インディーズのパソコンゲームから、コンシューマーゲーム、そしてソシャゲへの展開。現段階では据え置き機がまだまだ強いけど、時代は携帯機からスマホゲームへと移行していく。もっと短い時間で、手軽にゲームを楽しめる世界へ。
売れる要素をどんどん取り入れて行った結果、ラブきゅん学園は多くのスピンオフや追加ディスク、移植版などのリリースに踏み切り、そして桁違いの売上を計上した。かつて岡林君が帝都ゲームショーのメインブースを押さえた時には心臓が飛び出そうだったけど、三度目の今ではもうそこに出展するのが相応しいように思える。会社も大きくなったし、関わる人の数もぐんと増えた。
かつて資金繰りに営業に走り回っていた昂佑が今や若き成功者として世間に名を馳せるように、僕は一人懸命にプログラムを書いて屋台骨を支えるエンジニアから総務課長のようななんでも屋に。だけどそれも一人では支えきれず、今はもう総合プロデューサーという名誉顧問みたいな肩書をもらって、こまごまとした実務からは解放されている。庶務会計やら人材管理、プログラミングなんかは、その道のプロがいるのだ。見よう見まねで何とかこなしていた僕から得意なスタッフに仕事を譲り渡した結果、全てがもっとうまく回るようになった。
僕の仕事は、大まかなゲーム開発の方向性を決める役割だ。なんてったって、このままゲーム開発が以前と全然違う方向に進んで行って、ラブきゅん学園の続編が出なければ困る。少なくともアレクシが生きていた世界、「ラブきゅん学園
「俺の萌えを正確に理解してくれるのは怜旺だけだ!」
昂佑からマブダチ認定されて、ちょっと罪悪感を感じる。だってこれまで何度も作ってきたんだもの。これまでと違うのは、関わる人数と規模、そしてクオリティだ。これまでも少ない人数で知恵を絞り合い、いろんなキャラやシナリオを生み出してきた。昂佑だけじゃない、ラブきゅん学園はみんなの夢と希望が込められているのだ。スタッフやユーザーの声を取り入れ、織り込んでいった。なんせ僕は、あっちの世界でループを繰り返しながら何人かの攻略をこの目で見ている。自分好みのキャラを攻略しておきながら、「結婚は別」とさっさと去って行ったヴィヴィちゃん。隠しキャラ(僕)の攻略にご満足いただけなかったヴェロニカ嬢。重課金でハーレムルートに挑んだヴァイオレット嬢。他に、冒険者エンドを迎えた脳筋嬢やら攻略者同士をくっつけたがった貴腐人。それから、開発陣にもいた。絵師さんから上がって来た立ち絵に感動して、隠しルートまで作ってしまったライター。推しの声優さんに会いたいがためだけに専用のキャラを作ったプログラマー。そういえば、初期作のモブにハマり込んで我が社に入社し、とうとう新作で彼をメイン攻略者に据えた子もいた。鈴木君、そろそろ入社してくるだろうか。
僕はみんなのパイプに徹した。みんなの好きとアイデアを汲み上げ、製品に落とし込むことに徹する。それだけじゃない。岡林君やIT部の部員にやったみたいに、ちょっとしたケアをしたり、悩みを聞いたり、励ましたり。それが本当にみんなの役に立ったのか立たなかったのか、それは分からない。そしてゲームの開発は、上手く行くことも行かないこともあった。だけど、僕と昂佑とわずかな人数で必死に回していた会社はとんでもなく大きくなり、出来上がる製品は比べものにならないほどのクオリティに仕上がり、桁違いのユーザーに愛されるようになった。
これまで、僕の界渡りはとても孤独だった。だってそうだろう。ゲームの世界でループを繰り返し、ループを脱出するために世界を渡って来ましたなんて、誰にも相談なんかできない。僕は人知れずプログラムを書き換え、修正し、またあちらでループしては同じことを繰り返す。長いループの中で、僕の感覚はどんどん磨耗していった。
だけど、今回こうしてループしてきて思う。僕はもっと人と関わるべきだった。一人では動かせないと思っていた大岩が、仲間と一緒だと面白いように転がっていく。僕の力なんて取るに足らない。しかしちょっとしたきっかけで、人はポテンシャルを開花させて人生を切り開く力を秘めている。
「のりくん、本当にありがとね」
今日は岡林君と半分プライベートな会食だ。彼は
「お礼を言うのはこっちの方だよ、怜旺くん。君がずっとお兄ちゃんみたいに支えてくれたからね」
彼の中で、僕のお兄ちゃんキャラはまだ生きているようだ。今回界渡りして来るまでは、まさかこんなに仲良くなるなんて。彼はポケットから見覚えのある石を取り出して、手のひらの上で転がす。
「この石、僕の宝物なんだ。これがあると心が落ち着いて元気が出てくる」
「まだ持っててくれたんだ。嬉しいな」
そりゃあ元気出るよね。アンチカースの「引導の魔石」、それからその後追加でプレゼントした「ヒールの魔石」「サニティの魔道具」「デトキシフィケーションの魔石」だもの。おばあちゃんが亡くなって実家を引き払う時に持って来て、そのまま肌身離さず持ち歩いてくれているらしい。あれから二十年くらい経つのに、魔素はまだまだ残っている。魔石を乱獲して感覚が麻痺してたけど、結構濃縮したもんな。
「この石、不思議だよね。最初は
「うぇっ」
「これね、一見鉱物のように見えて、正体は特定できていないんだ。有機化合物かも知れないって言われたこともある」
「調べたの?!」
ヤバい。岡林君は地学大好き図鑑少年だった。
「資源工学の連中と飲んでて、話の流れでね。もちろん石は渡さなかったよ。だけど、この石の正体が何なのかはどうでもいいんだ。これは怜旺くんと僕の大事な思い出だから」
「あ、うん。あはは」
ご両親は健在とはいえ、お婆ちゃん亡き今、岡林君は天涯孤独に等しい。そんな彼の中では、僕のお兄ちゃんキャラはまだ生きているらしい。僕にとっても彼はかけがえのない恩人だ。小学校三年の時に戻った時にはどうしようかと思ったけど、彼とこうして友情を結ぶことができて、本当に良かった。
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