第131話 そして進学へ
僕と岡林君は、揃って同じ高校に進学した。前の世界線では遠くの全寮制の高校に入ったはずなので、彼の運命は結構変わったことになる。彼だけじゃない。かつて不良と呼ばれた同級生の中にも、同じ高校に進学した奴がいる。そう考えたら、僕の取った行動で何人もの運命が変わってしまったのかもしれない。
中学で同好会を立ち上げた
岡林君は中学に引き続き地学部だった。彼は知識欲が旺盛だけど、天体観測や鉱物なんかに特に惹かれるみたいだ。そして部活が違うにも関わらず、相変わらずほとんど一緒に登下校している。
周りからの僕らの評価は、ほぼ「ニコイチ」だった。いつも一緒にいるのが当たり前で、僕がいるところには岡林君が、岡林君がいるところには僕がいる。
「怜旺くんは、僕のお兄ちゃんみたいだ」
僕としてはそんなつもりはなかったんだけど、岡林君は時々そんなことを言う。確かに僕には妹がいて、お兄ちゃんキャラといえばそうかもしれない。そして彼にはほとんど面識のない腹違いの弟妹がいて、心中複雑なものを抱えているんだろう。彼が僕以外に弱音を吐ける相手がいないのも分かってる。僕は「そうかな」と甘んじて受け入れている。
結局ニコイチは、大学進学まで続いた。僕はこれまでと同じく、帝都工科大。彼はお父さんの意向を汲んで、私立の名門帝桜大へ進学した。
「父親の言いなりになるのは癪だけど、どうせなら利用してやれって思って」
そう言って、彼は悪戯っぽく笑う。なるほど、以前彼は僕のバイト先にくたびれたスーツ姿で現れた。あの時は、「言いなりになるのは癪」だったんだな。
進学先が近いせいか、進学後も僕らはちょくちょく連絡を取った。岡林君だけはない。高校のIT部の連中も、何人かは首都圏に進学している。中には帝都文化大に入った奴もいたせいで、僕は早々に
この流れで昂佑は早々にLove & Kühn社を立ち上げ、僕は学生ながら創業メンバーに名を連ねることとなった。まだ学生のインディーズブランドにも関わらず、早くも世間からは続編が期待されている。伝手もコネもない中、僕はかつてお世話になったクリエイターを知っている。声優養成所の研修生や、まだ商業活動を始めていない学生イラストレーターなど。プログラムは僕が叩き台を作る。かつて自分で全て書いたんだもの。大筋の仕組みや仕掛けは全て覚えている。
以前と違うのは、僕のプログラムをブラッシュアップする人員が格段に増えたこと。やっぱり一人で出来ることには限界があって、僕のプログラムの癖というか発想の限界を、IT部の連中が柔軟に噛み砕いてスムーズに整えてくれる。プログラム関連の人手が手厚くなると、シナリオライターはシナリオに没入、昂佑は持ち前のコミュ力でどんどん人を巻き込んでプロジェクトが大きくなっていく。
もう一つLove & Kühnの追い風になったのは、岡林君が経営のブレーンに関わるようになったことだ。
彼のお父さんはOKABAYASIホールディングスの取締役で、いずれ岡林君もOKABAYASIに入るために経営学部に進学している。これまでLove & Kühnの資金繰りは、昂佑のコミュ力に頼った素人仕事そのものだった。しかし岡林君は学業の傍らインターンでOKABAYASIで実務に関わり、プロの仕事を肌で吸収している。資本を集めるには、信用と実績のアピールが必要だ。彼の手腕は的確で、かつ彼自身がOKABAYASIの御曹司だ。みるみる協賛企業が集まり、かつて同人レベルだったLove & Kühnは、2作目を前にして既に中堅ゲームメーカーの規模を呈している。
「帝都ゲームショーのメインブースが取れたよ」
岡林君がにっこり笑っているけど、そうじゃないんだ。これまでなら「売れなきゃバイトでもすっか」ってノリだったLove & Kühnが、まさか各種メディアに取材を受けるような規模に押し上げられるなんて。こんなに金のかかったプロジェクトになったら、「売れませんでした」じゃ済まないじゃないか。「ラブきゅん学園
「おうノリ、サンキューな!これでラブきゅんも海外展開だぜ!」
昂佑だけがノリノリだ。彼の神経の図太さが羨ましい。そして彼のノリに押されて、周りも盛り上がっていく。取り残されるのは、過去のLove & Kühnを知る僕だけだ。
僕は必死だった。これまで培って来た経験や知識が、ほとんど役に立たない。全てはぶっつけ本番の体当たりだった。ずっとサークル活動の延長みたいだったかつてのLove & Kühnと違い、社員が増えればそれぞれが抱える事情も違うし、出来ることや出来ないこと、モチベーションなんかも違う。リモートやフレックスワーク、産休育休、派遣にパート。事務仕事専用のスタッフを入れたり、一部の業務をアウトソーシングしたり。中高とIT部の部長をしていたせいで、僕はプログラマーというより総務課長みたいになってしまった。だけど自由に動けるようになった昂佑はいよいよエネルギッシュに走り回り、会社は雪だるまのように大きくなり、僕一人が書いていた時とは全然違うクオリティの作品が生み出されていく。そして戸惑いながら右往左往する僕の隣には、いつも岡林君がいた。
「大丈夫だよ、怜旺くん。今度もきっと上手くいく」
そんな岡林君だけど、お婆ちゃんは一年生の時に亡くなってしまった。秋に体調をこじらせて、数日であっという間だったらしい。前の界渡りでは施設に入っていらしたそうだから、僕は彼女の訃報を知らなかった。最後まで自宅で元気に過ごしていたのは、もしかしたらあの魔石が少しは役に立ったのかもしれない。
小学生の頃の彼は、線が細く物静かな子だった。どちらかというと僕の方が呑気で大雑把で、無邪気に彼を振り回すみたいな。しかし僕が界渡りで
というか、彼のポテンシャルは凄まじい。あの昂佑の萌えを煎じて煮詰めたラブきゅん学園が、今や海外からの取材を受けるほどだなんて。ラブきゅん学園は、昂佑とサークルメンバーのノリと熱意のこもったアツい作品だ。引き込んだ絵師と駆け出し声優とのコラボが絶妙に噛み合って、インディーズながら割と完成度の高いゲームだった思う。だけど、巨大資本を賭けた一流メーカーのゲームたちとブースを並べるようなクオリティとは程遠い。しかしそれを逆手に、メインターゲット層にゲームの魅力を届け、訴え、ブッ刺す。
『おまいら、こーゆーのがいいんだろぉ?!』
ゲーム実況者やインフルエンサーを使い、バズらせ、ニッチだけどコアなファンから育てていく。ムーブメントは起こるものじゃない、作って起こすものだ。OKABAYASIの会議室で入念な打ち合わせ、リアルタイムで刻々と集計されるPVやログ。古参のマーケターやアナリスト、他社から引き抜いたエンジニアやタレントコーディネーターまで。売れる商品を宣伝するのではなく、売れる商品に「する」。正しくプロの手段。そしてこれらを陣頭指揮しているのが、岡林君。
果たしてOKABAYASIの若君の初陣は、ものすごい戦果となった。「ラブきゅん学園
「ね、大丈夫だったでしょ」
予想を遥かに超えた社会現象に呆然としている僕に、穏やかに微笑みかける岡林君。前の界渡りで出会った彼のお婆ちゃんの顔が思い出される。
「あの子のこと、よろしくね」
お婆ちゃん、これで良かったんだろうか。僕はとんでもないモンスターを起こしてしまったのかもしれない。
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