第130話 小学生ライフはハードモード

 無事夏休みも終わり、新学期。僕は四苦八苦していた。子供っぽく振る舞うって、どうやったらいいんだろう。


 まず僕の中身は、何十年もループと界渡りを繰り返したアレクシだ。重ねた年の割には落ち着きも貫禄もないけど、かといって今更小学生のメンタルは持ち合わせていない。しかも今の僕には、無駄に高いステータスがある。うっかり気を抜いて体育に挑もうものなら、小学生新記録とか叩き出しちゃいそうだ。勉強も然り。僕はいかに成績を低く抑えるか、いかに自然に間違うかに心血を注いだ。


 学校生活においては、交友関係も大事だ。夏休みの間はほとんど毎日のように岡林君とツルんでいたが、学校が始まればそういうわけにはいかない。外遊び派ともゲーム派とも分け隔てなく、ほどほどに。やんわりと岡林君を巻き込みながら。こういうの、なんだかLove & Kühnラブアンドキューン社のディレクターをやってた時みたいだ。管理職って、無駄に精神力を削られる。更に上級生や下級生との人間関係の構築、当たり障りのない教師への対応。もちろん家では母と妹、それから父とも円満に。近居の祖父母宅にも程よく顔を出し、潤滑剤としての役割を忘れない。


 ———あれ。これって何気にハードな人生なのでは。少なくとも、寮生活をループしていたアレクシや、大学生活以降の怜旺にはあり得なかった気苦労だ。


 今となっては分かる。子供って、無邪気だから務まるんだ。何も考えず、ただ天真爛漫に過ごすことで全てが許され、事が運ぶ。下手に大人のような視点を持って気を回していたら病んでしまう。僕が子供時代に界渡りするのは、きっとこれが最後だ。僕では務まらない。


 しかし、今の僕になってやっと分かることがある。世の中には、無邪気で天真爛漫でいられない子供もいる。岡林君だけじゃない。大人の僕でもハードなのに、ずっと気苦労を重ねていたら病んでしまう。僕はなるべく目立たないように、さりげなく彼らのフォローに回ることにした。すなわち、いいところは褒め、励まし、つまずいているところをさりげなく手助けする。どうせこれが最後の子供時代への界渡りだ。僕の出来る範囲で、やりたいと思ったことは悔いのないようにやろう。




 そんなふうに過ごしていると、季節は目まぐるしく変わっていく。子供時代は毎日が長いと言われるものだけど、気がついたら僕は中学生になっていた。


 周囲の僕への評価は「ムードメーカー」。通知表にもそう書いてあった。周りに気付かれないようにこそこそとフォローを入れる生活にも随分慣れた。途中から「斥候術を使えば目立たないんじゃないか」と気付いてからは、ほぼずっと斥候術を発動し続けながら生活している。さながら隠密のようだ。


 岡林君とは、今でも良い友達だ。彼のメンタルは魔石のお陰か随分安定しているように思う。以前彼は、中学時代に他の小学校から入学してきた素行の良くない連中とつるみ、次第に乱暴者に変わって行ったんけど、今の彼は小学校の頃のまま、物静かな優等生といった風情だ。


 周りにいる全ての人に関与することは出来ない。人はそれぞれ自由な意思で人生を選び取っていて、それを僕が捻じ曲げるわけには行かない。だけど僕の出来ることで、少しでも人生が楽しくなる手助けが出来るなら、それに越したことはない。


 というわけで、僕は先生と生徒会に働きかけて、同好会を立ち上げることにした。その名も「ゲーム同好会」。ゲームといっても、学校にゲーム機を持ち込むわけにはいかない。同好会で遊ぶのは、ボードゲームやTRPGだ。家に使っていないゲームがあれば寄付してもらい、図書室にTRPGのシナリオ本を入荷してもらう。立ち上げに掛かるコストはそれだけだ。


 なんのことはない。大学時代、昂佑こうすけが所属していた帝都文化大のTRPGサークルを真似しただけだ。大学にあって、中学に置けない理由などない。もちろん、学校でゲームをするだけの同好会が許可されるはずもない。僕はテーブルゲームがプログラミング学習に役に立つと力説して、実際に簡単なリバーシゲームなどをプログラムするデモンストレーションを行った。ちょうどIT教育にテコ入れが起こり、授業にもプログラミングが取り入れられるタイミングだったのが良かった。僕らは情報処理教室で、パソコンを横目にテーブルゲームに興じた。




 かつて岡林君に絡んでいた素行の悪い奴らは、それとなく遠ざけておいた。僕は彼に頻繁に声を掛け、登下校も出来るだけ一緒にした。それでも時には突っかかって来られたりしたものだけど、斥候術と剣術をMaxまで上げている僕に敵う相手じゃない。ついでに体術にもポイントを振って、怪我をしないように軽く転がしておいた。おかげで彼らから一目置かれて媚を売られたり、剣道部や柔道部から勧誘が来たのには困った。しかし結果的に彼らの一部がゲーム同好会に入ってくれて、三年生の時には正式に部活に昇格した。


 多感な時期、誰しも行き場のないフラストレーションを溜めているものだ。家庭環境なんかに複雑なものを抱えているなら尚更。だけど、そのフラストレーションは夢中になれるものさえあれば爆発力にも変わる。


 この世界は、これからIT化の一途を辿る。情報リテラシーさえあれば、今後十年は食いっぱぐれることはない。そしてプログラミングは、根っこさえ分かればそう難しいことじゃない。TRPG———テーブルトークRPGは、あらかじめ決まったシナリオに沿って話を進め、サイコロを振って乱数を求めて冒険をしていくという遊びなのだけど、全て人力で進めるために、一人で遊べないのが欠点だ。それらを自動的にコンピューターで処理させるのがRPG。TRPGを知って、興味を持って、これをパソコンで動かすにはどうしたら、という順序で入っていけば、プログラミングは「必要だけど退屈」なものではなく「面白くてもっとやりたい」ものになる。Love & Kühn社は、まさにそういう奴が集まって出来た会社だった。


 かつてプロとしてディレクターをやっていた僕がこういう部を立ち上げるのはちょっとチートな気もするけど、TPRGは本とサイコロとメンツさえ揃えばお金がなくても遊べる。しかもそれが将来仕事になるかもしれない。くすぶらせたエネルギーを発散させるには、結構いい捌け口になるんじゃないかと思うんだ。全ての人の不満を解消することは出来ないけど、僕の出来ることで、出来る範囲で、何かしら役に立てたらいいと思う。




 今回の界渡りでは岡林君と親しくしていたおかげで、彼の置かれていた状況を詳しく知ることができた。


 彼の両親は離婚してそれぞれの家庭を持ち、彼は父方の祖母と暮らしているみたいだ。お父さんは時折家に訪れて、優秀な彼を後継者に据えたがっているらしい。だけどお父さんには既に新しい家族があって、岡林君はそこに馴染むことは出来なかったようだ。大人しくて良識のある彼が、どうして中学時代に荒れたのか分かった気がする。


 今の彼のメンタルはとても安定していた。彼は小学校から引き続き、学年きっての秀才として君臨している。やがて僕と一緒に同じ高校を目指すことになった。


 こんなことなら、僕は中学時代もっと彼と一緒に過ごすべきだった。だけど前の僕は無力で、彼に渡す魔石もなければ不良を退ける体術も持ち合わせていなかった。複雑な事情を聞かされても、どうすることも出来なかっただろう。


「あの子のこと、よろしくね」


 前に界渡りした時、お墓で会った岡林君のお婆ちゃん。これで良かったですか。僕は隣を歩く岡林君の横顔を見ながら、そんなことを考えていた。

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