第129話 ぼくの夏休み

 図書館へは岡林君と岡林君のお婆ちゃんと一緒に行くことになった。岡林君のお婆ちゃんは読書家で、遊びに行くといつも本を読んでいる印象がある。彼女の影響なのか、岡林君も本が好きな大人しい子だ。これまで僕が彼を連れ出して外遊びしていただけで、彼はもともとインドア派だった。


 図書館に着くと、彼は迷わず児童図書コーナーへ。彼の部屋にも図鑑はあったけど、図書館は蔵書数が違う。彼は目を輝かせて書棚を見ている。お婆ちゃんは文芸書コーナー。僕はどうしようか。ついついパソコン関係の図書を見に行こうとして、思わず苦笑いする。古い言語の本がズラリと並んでいて興味深かったけど、なにも小三から仕事に走らなくてもいいだろう。


 ライトノベルコーナーには、王道で古典と呼べる名作がいっぱいある。僕はにわか勢なので、原作を読んだことはない。この際読んでみるべきだろうか。それよりも、旅行ガイドとかグルメガイドとか?これからこちらの世界でも行動範囲を広げて行くなら、少しでも地理情報を仕入れておいた方がいいかもしれない。


 娯楽がないのだ。まだこの時代にはスマホがろくに普及していない。パソコンすら、よほど好きな人が持っている程度。うちは父用のでっかいノートが一台あるっきり。仕事を持ち帰ってやるかもしれないからって買って来たものの、結局埃を被っている。


 周りの小学生は、外遊び派と携帯ゲーム機派が半々といったところ。僕もゲーム機は持ってるけど、RPGにハマるのはずっと後のこと。僕が岡林君とつるんでいるのは、二人ともゲームが好きじゃないからだ。それよりも図鑑で見た虫を探したり、虫眼鏡で紙を焦がしたり、そういった遊びの方が好きだった。


 結局読みたい本は見つからず、僕は岡林君のところに戻って一緒に図鑑を眺めた。受験戦争を経験したおかげで、こういったものは全て「物理」「生物」「地学」という味気ないものに変わっていた僕だけど、純粋にワクワクしながら図鑑を眺める楽しさを忘れていた。


 無心にページをめくる岡林君。彼があと数年もすると、悪い仲間と一緒に暴力を振るうようになるなんて。そして僕よりずっと賢かった彼が、バイト先のカフェにくたびれたスーツ姿で現れるなんて。僕は自分で思っていたより、ずっと岡林君のことが気に掛かっていたらしい。僕に出来ることなら、何かしら手助けできたらな。


 夏休みは順調に消化して行った。いつも岡林君の家に遊びに行くばっかりじゃダメだってことで、時には母に連れられて妹と一緒にプールに出かけたり。うちに泊まりに来て、父の天体望遠鏡で天の川を見たり。街が明るく、雲が出ていて今ひとつだったけど、図鑑で見た星とは違って結構大興奮だった。僕の夏休みライフは、結構充実していたと思う。想定よりもずっと前に渡って来てしまったし、焦ったって仕方ない。のんびり行こう。




 やがてお盆が訪れた。お墓参りに出掛けて、ステータスの謎が解けた。


 お墓が綺麗になっている。


 僕がこのお墓にエリアアンチカースを掛けたのは前回の界渡り。今からおよそ十年後だ。だけど、同一ループ内のワープだからか、それとも浄化は時空を超えて作用するのか。作りの甘いゲームの中で、未来で一度開けた宝箱が過去に遡ると空っぽになっているように、そういう「仕様」なんだろうか。とにかく、称号のおかげで未浄化の空気に敏感になった僕には、ここは「浄化済み」だと感じられた。


 そうとなれば、実家だ。あの時、庭石が一つ割れたんだった。帰ってから調べてみれば、あの庭石は最初から存在しなかった。念の為、こっそり大学や住んでいたアパートに転移して周囲を確認してみると、浄化した覚えのあるところは軒並み「浄化済み」って感じだった。アンチカース、もしかしたらあんまり気軽にやるようなものではなかったのかもしれない。




 そんなある日。岡林君が、ラジオ体操に来なかった。


 僕は心配になって、岡林君の家を訪ねて行った。家の外から見ても分かる。何だか家の様子がどんよりしている。恐る恐る呼び鈴を鳴らすと、岡林君が現れた。


「心配かけてごめんね。昨日、お父さんが来たんだ」


 お父さんが「来た」。その一言から、彼の憔悴が垣間見える。お婆ちゃんはいつも通りに僕を歓迎して「今日は計算ドリルよ」なんて言ってたけど、彼女の笑顔も少しぎこちない。


 普段二人暮らしの彼らにとって、父親の来訪は楽しいものではなかったのだろう。詳しい事情は知らないけど、僕が立ち入るわけには行かない。だけど、対症療法くらいは出来る。僕はドリルとにらめっこするふりをしながら、こっそりとインベントリからペン型魔道具を取り出し、二人にヒールとサニティを掛けた。二人の顔色が、少し良くなった気がする。


 このどんよりとした空気を払拭するには、アンチカースが効くだろう。だけどあれを掛けると、色々派手なエフェクトが起こる。二人がいる間は避けたい。しかし、留守宅に押しかけて勝手をするもの違う気がする。ものによっては壊れることもあるし、あらぬ誤解を受ける可能性がある。


 しかしそこで、はたと思い当たった。


「のりくん、これあげる」


 僕はポケットに手を入れるふりをしながら、インベントリから「引導の魔石」を取り出した。


「綺麗な石だね。蛍石フローライトかな。いいの?」


「こないだ河原で拾ったんだ。僕の分もあるから、いいよ」


 やばい。僕らがまだ小学生で、彼がこの石の組成を調べるすべがなくて良かった。これで彼の周辺は、少しずつ浄化されて行くだろう。ついでに、実験に失敗してお蔵入りになった回復スキルの魔石も渡しておく。


「ありがとう。僕の部屋に飾っておくね」


「僕も同じのを飾るよ。お揃いだね」


 良かった。元気を取り戻したみたいだ。失敗作だったけど、どこで役に立つか分からないものだな。


 待てよ。この設置型の魔石、魔物の退治には使えなかったけど、家に置いておく分にはいいのかもしれない。クレンズの魔道具はウルリカの工房の必須アイテムだったけど、設置型にしておけばいつでも清潔に保てるんじゃないだろうか。整理整頓はともかく、物があふれてジャングルであっても不潔だけは免れる。


 ということは、リュカ様の支援もサニティの魔道具だけで行けるかも知れない。彼は周囲からの心無い仕打ちや中傷に心を痛めていただけであって、元々優秀なお子様なのだ。メンタルの問題さえ解決すれば、後はノータッチで行けるのでは。ヤバい、夢が広がるな。これは帰ってから要研究だ。




 僕は家に帰ってから、「引導の魔石」「ヒールの魔石」「サニティの魔石」「クレンズの魔石」を勉強机に飾った。こっちは魔素がほとんどない世界なので、魔石から流れ出る魔素も少なく、効き目も穏やかだ。しかし中の魔素の消費量は少なく、長く効いてくれそう。我ながらいいものを作ったな。

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