第133話 夢の長期休暇

 「ラブきゅん学園6シックス♡愛の諸国漫遊大作戦♡」は、無事にリリースした。既存作の追加コンテンツやリメイク、派生ゲームがどんどん作られたため、開発は本来のタイムスケジュールよりかなり遅れた。しかし、僕が主体となって手がけていたゲームとは全く別物の、素晴らしい出来栄えだ。今後、僕が遡ってゲームを書き換えられる自信がないくらい。


 思えば僕は、あっちでもこっちでもたくさんの人に恵まれてきた。ずっと孤独な戦いだと思っていたけど、これまで僕がやって来られたのはみんなのお陰だ。家族、岡林君、部員のみんな。昂佑、Love & Kühnラブアンドキューンの社員たち。それからあっちの家族、リュカ様、ウルリカ。ブリュノたち、カバネル先生、貴族学園やアーカートのみんな。これまで関わってきた人たち全て。


 かつてお墓参りでエリアアンチカースをした後、「ありがとう」「ありがとう」と見ず知らずの人から大合唱を受けた夢を見た。今はその逆だ。みんなの顔を思い浮かべながら、ひとりでに「ありがとう」っていう気持ちが湧いてくる。


 結局、インベントリにはたくさんの魔石が眠ったままだ。気になった場所や人に何度かスキルを使ったくらい。確かに浄化は大きな効果があるし、多くの人に喜んでもらえる。だけど僕一人がこの世界を浄化して回ってもきりがないし、僕の世界を大きく変えたのはスキルじゃなくて人との繋がりだった。


 これまでと大幅に変わった6シックス。これで僕のループが解消されるかどうかは分からない。だけど僕は、自分の運命を変えることがどういうことなのか、ちょっと分かった気がする。いつかループを抜けるまで、そして抜けてからも、僕はきっと大丈夫だ。




 6シックスのリリースとともに、僕は初めて長期休暇を取った。こんなにのんびりしたのは、ループを自覚して以来初めてのことだ。依然Love & Kühnラブアンドキューン社では総合プロデューサーという役職に名前を連ねているけど、次作7セブンはVRゲーム。リリースにはVRのエキスパートである鈴木君の存在が欠かせない。彼は先日Love & Kühnに入社したので、早速7の開発チームに抜擢しておいた。間もなく彼がプロデューサーとなって、7のチームを引っ張って行くことだろう。


 僕の今後のスケジュールは真っ白だ。もう自分一人でどうにかできるクオリティを超えた6が出てしまった以上、今回の界渡りで僕に出来ることはない。さっさとあっちの世界に戻ってもいいんだけど、まだ見ぬ7の完成を見たい気もする。魔石もいっぱい残ってることだし、浄化の旅に出てもいいかもしれない。


 善は急げということで、僕は早速旅行に出かけることにした。まずは国内から、一人気軽に温泉地や名所旧跡を回る。そういえばこれまで出張で飛び回ったことはあるけど、ロクに旅行に出かけたことはなかったな。


 浄化の旅に出て来たのはいいけど、浄化が必要な観光地はそう多くなかった。旅行って楽しいからだろうか、明るく元気の出るエネルギーがある場所が多い。これまで浄化してきたのは負の感情が溜まりやすい場所だったので、観光旅行と浄化はあんまり相性が良くないのかもしれない。まあ楽しければいい。


 そんなことをしているうちに、しばらく連絡を取っていなかった岡林君から連絡が入った。僕が休暇を取って旅行して回っていると言うと、彼も休みを取って合流しようということになった。二人だとスキルを使うことは出来ないけど、旅は道連れがいたほうがきっと楽しい。僕はワクワクしながら足早に合流地点へ向かった。


 はやる気持ちがいけなかったのかもしれない。レンタカーを返して駅に向かう途中、電車の時間が迫っていて気もそぞろだった。荷物が多くて、機敏に対処出来なかったのもある。横断歩道を渡っていると、大きなトラックが勢いよく右折してきた。あっ、と思った瞬間、僕の視界がグルリと回転して———




 失敗した。僕はすっかり油断していた。


 ループの前、アレクシとしての人生を送る前の怜旺だった僕の記憶は、とても曖昧だ。だけど自分が家庭を持つだとか、老後の記憶というものはなかった。ということは、年を取る前に世を去ったということじゃないだろうか。


 岡林君のお婆ちゃんは、家に魔石が置いてあったお陰で施設に入らずに生涯を終えた。だけど、亡くなった時期は同じ。ということは、魔道具やスキルは健康状態に干渉しても、寿命や運命そのものを変える力はないっていうことだ。


 これまで僕は、この世界に界渡りで戻って来るたびに「ラブきゅん学園6シックス♡愛の諸国漫遊大作戦♡」のプログラムを書き換え、リリース後の動作を確かめてからあちらに戻っていた。しかし今回は、6のリリースが遅れていたんだ。その上、のんびり旅行なんかして。どうせ自分で修正できないなら、さっさとあっちに帰れば良かったのに。


 しくじった。こっちで命を落としたら、果たしてあっちに帰れるんだろうか。これじゃあループ解消以前の問題だ。怜旺だけでなく、アレクシは一体どうなってしまうんだろう。僕は一体どうすれば。


 どうするもなにも、もうどうしようもない。道路に体が投げ出される一瞬の間、いろんなことが走馬灯のように脳裏に駆け巡り、そして思考は真っ白に塗りつぶされた。




 ———次に目を開けた時、僕が見たのは知らない天井だった。

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