第117話 ループ解消首脳会議
「というわけで、お二人のお知恵をお借りしたく」
そこで、ブラウニーもぐもぐのウルリカさんとビームセイバーにお目目キラキラのリュカ様にご相談というわけだ。もう僕一人で考えうることは手を尽くした。そしてこれまで、一人でなんとかしようと頑張ってきて、結局思いもよらないところに重大な鍵があったってパターンは枚挙にいとまがない。僕みたいな凡人は、素直に周りの手を借りた方がいいに決まってる。
「とても信じられん話じゃが、こうも物証を見せられると、信じん訳には行かんのう」
ウルリカは神妙な顔つきで腕を組んでいる。しかしブラウニーに伸ばす手は止まらない。
「こんな武器や防具まであるなんて。アレクシ、まるで神様みたいなのに…」
おい聞いてますかリュカ様。彼を釣るためとはいえ、先におもちゃを与えてはいけなかった。まあ、相談してその場で解決策が出るなんて思っちゃいない。僕だって何十年も悩んできたんだ。とりあえず、今日のところは問題を投げておいて、後日エルフの里でオルガ師にも知恵を借りに行こう。
「———三年より後に戻ってみてはどうじゃ」
おかわりのお茶を淹れようと立ち上がった僕に、ウルリカが爆弾を落とした。
僕はなんて馬鹿だったんだろう。界渡りのスキルは、空間だけでなく、時間も世界も越えられる。三年縛りのループなら、三年を越えた時点に跳べばいいじゃない。どうしてそんな簡単な解決策に思い至らなかったのか。
「嫌だよアレクシ!何年も会えないなんて!」
相変わらずリュカ様は可愛いことを言ってくれる。しかしお手手はずっとビームセイバーをにぎにぎしている。なんかちょっと寂しい。
「まあまあ、決行するのはループの起こる直前でいいじゃろ。ならば、アレクシ不在の期間は短くて済む」
さすがウルリカ先生。もっと早くに相談しておくべきだった。しかしこれで、ループの終わりが見えてきた。モブのくせにゲームを攻略するとか、プログラムを書き換えて対応するとか、馬鹿正直に頑張り過ぎたんだ。
僕の視界は一気に晴れた。その日から、僕らは三人でちょくちょく集まり、楽しい時間を共有した。なんせ僕には、過去作も含めて、ラブきゅん学園の知識がある。遠い他大陸のダンジョン、隠しアイテム、そして錬金レシピまで。いくつかは、ストーリーに関わるイベントをクリアしないと入れない場所や、手に入れられないものもあったけど。僕らは休みごとに世界各地のダンジョンを回り、珍しいアイテムを錬成し、錬成したアイテムに付与を施してゲームにもない新しいアイテムを生み出し。そして試運転と称しては、またダンジョンに出掛けて行った。それは、こちらの世界の人生と向こうの世界の人生、全て合わせた中で、最も楽しい二年半だった。
「じゃあ、行ってくるね」
ウルリカとリュカ様が見守る中、僕は界渡りの聖句を刻んだ指揮棒状の魔道具を手にする。ここはウルリカの工房の隣に建てた砦の中。モノがあると転移に支障があるので、この部屋だけは絶対に散らかさないでって二人にお願いしてある。
今回の旅は、余裕を持って三年後。リュカ様はものすごく反対したけど、僕は知っている。レベルを上げて力をつけたリュカ様には、無限の可能性がある。彼はどのループでも頭角をあらわし、輝かしく成功する。学園に留まれば歴代稀に見る麒麟児として。飛び級して卒業すれば、時には王国きっての魔導士に。時には
ループの間、彼は向こうの世界でいうと中学一年から三年の人生を過ごす。成長期が来るのが遅い彼は、声変わりも遅れ、小柄なままだ。小さき英雄の彼が、いつも「アレクシ、アレクシ」って慕ってくれるのはとても嬉しい。だけど、彼の成長したその先も見てみたい。そう言うと、彼は目を潤ませて
今日は王国歴361年9月30日。目標の座標は、王国歴364年9月30日。さあ、ジャンプだ。行ってきます。
———杖を揮った瞬間、そこは同じ天井だった。
あれ?失敗した?と呆けて、思い返す。そうだ。時間を跳躍したのは僕だけで、僕の感覚では連続した時間の中にあるけれど、ここは三年後の世界、のはず。とはいえ、敢えてものを置かないように言い渡したこの部屋はとても殺風景で、どこも変わった様子が見られない。
僕は恐る恐る部屋のドアに手を掛けた。
「ごめんくださーい…」
自分の建てた砦なのに、間抜けな声でそろりと外を伺うと…
「おお、ピッタリじゃな」
さっきと寸分変わらないウルリカが、したり顔でニヤついている。よかった。成功した。と思ったら。
「アレクシ!アレクシだ!!」
ドン、と衝撃を受けて、何者かに拘束される。すわ、賊か?!
混乱した僕が必死でもがく中、外野からは「これやめんか」という間の抜けたウルリカの声。やがて拘束が緩み、自分が置かれていた状況を把握する。
「アレクシ…帰って来てくれたんだね!」
僕を絡め取る太い腕。暴れてもビクともしなかった、厚い胸板。頭上から響くイケボ。恐る恐る見上げると、たいそうガタイのいいイケメンが、僕を涙目でハグしていた。———どちらさまですか。
理解が追いつかない。僕の感覚としては、杖を揮った次の瞬間だったんだ。ドアを開けて、イケメンに拘束されて、あれよあれよという間にダイニングに運ばれて、イケメンの膝の上で給餌されてる、なう。
「アップルパイを焼いて待ってたんだ。アレクシ、好きでしょ?」
「あ、はい…」
そんな様子を、テーブルの向こうからウルリカがニヨニヨして見ている。
「長年の想いが叶って良かったのう、リュカよ」
「はい!」
「えっと?」
それはどういう?
僕らはお互いの記憶を擦り合わせた。といっても、僕にとっては一瞬のことだったので、報告することなど何もない。
ウルリカとリュカ様は、あれから二人で里を訪れたり、僕が残したレシピや攻略情報で研究や冒険を進めたり、忙しくしていたみたいだ。なんだか二人だけで仲良くなってズルい、とヘソを曲げそうになったが、ウルリカが「おやおや。こりゃ
「アレクシ。僕、ずっと待ってたんだよ。僕がどんな気持ちで待ってたか、ちゃんと教えてあげなきゃね?」
「えっと?」
その夜、僕は砦のベッドルームでリュカ様と雑魚寝をしていた。部屋は別々に用意してあるんだけど、時々こうして夜更かししながらダラダラするために、僕の寝室はツインルームになっている。そして時々ベッドをくっつけて、魔石で作った記憶媒体の上映会なんかやったりする。していた。
だけど、ショタ枠の小柄な中学生と、ガタイのいいイケメンS級冒険者とでは、ちょっと勝手が違うと思うんです。
僕はなぜかリュカ様の腕枕の中。ヘビに睨まれたカエルのように、じっと大人しくしている。そんな僕の髪を、リュカ様は延々と弄んでいる。何の変哲もない、焦茶の髪。一体何が面白いんだろうか。
「後は若いお二人で」と隣の工房に帰ってしまったウルリカの代わりに、リュカ様はこの三年であったことを、記憶媒体を使って見せてくれる。まるでついこの間まで、弟のようなリュカ様と、キャッキャウフフしていたみたいに。だけど今夜は様子がおかしい。
「ずっと待ってたよ。僕のアレクシ…」
気のせいだろうか、声に色が乗っている気がする。いや、気のせいだ。気にしたら負けだ。
「あっあれ、あれどうやったの?あの緑に光ってるヤツ」
俺は必死に話題を逸らす。しかし、
「ふふっ。焦ってるアレクシも可愛いね」
「可愛っ…僕はリュカ様より年上で!」
「一歳差なんて誤差だよ。アレクシ、いい匂い…」
「リュカ様!ちょっ、リュカ様?!」
僕は逞しい腕に必死にタップする。しかしリュカ様は全く意に介していない様子。ちょっ、ギブ。ギブ。ここ何十年も色恋から遠ざかっていた僕には、ちょっと刺激が強すぎる。いやまさか、このまま寝技に持ち込まれちゃうとか、そういう———?!
慌てて振り返った僕の唇に、あわやリュカ様のそれが重なると思ったその時。
王国歴358年、10月1日火曜日。世界はまた、巻き戻った。
あっっっぶね!!!開いてはいけない扉を開いたかと思った。
ループ後に跳んでみる説、いい考えだと思ったんだ。結局次の10月1日で巻き戻って、残念といえば残念だった。しかし残念より何より、ガタイの良くなったリュカ様に寝技を仕掛けられそうになった。その衝撃の方が大きくて、ループがどうとかそういうのは全て吹っ飛んでしまった。
何が駄目だった?ビームセイバー?一体どこでフラグが立ったんだ。
考えなければならないことはたくさんある。ループの終わりどころか、今度はリュカ様とそういうフラグが立たないように立ち回るという縛りが出来てしまった。しかし今日は入学式だ。うじうじ悩む暇なんてない。難しいことは、また後で考えよう。なんせ時間はたっぷりあるのだから。
僕は寝癖で飛び跳ねる頭を抱えて、ベッドから飛び起きた。
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