第116話 界渡りと成果

 僕がこれまで試したこと。


・アーカートのパートだけパッチを当てて、攻略対象から僕とリュカ様を外す


・他のプログラマーの担当パートでバグがないか徹底的に調べる


・制作開始当初に戻って、僕とリュカ様に関係ありそうな部分は最初から入れない


・そもそも最初から全部僕一人が書く


 およそ考えうる対策は、全てやった。時には何度も。そしてリリース後も、しばらく残って。僕らは後から投入された隠しキャラらしいから、その辺もぬかりなくチェックして潰しておいた。


 ———はずなんだけど。


 物語の強制力って、ゲームの中の話なんじゃないのか。僕がどれだけさかのぼってゲームを書き換えようと、どこかの時点で必ず僕やリュカ様のようなキャラの原案が上がってくる。「時代はモブですよ!」とか「ショタ枠も必要ですよね」とか。ひどい時は、アーカートではなく別の大陸のシナリオに「遠く海を渡って留学してきた」なんて設定で引っ張り出されたこともある。


 これは僕の推測だけど、元々このゲームを書いたのは僕じゃない。だって、僕が書いたのなら、最初にループに気付いた時に、ゲームの知識がなければ不自然だから。もうかなりあやふやだが、僕は元々プログラマーじゃなかった気がする。プレゼンや在庫整理、そういう仕事はLove & Kühnでは担当していなかった。営業はもっぱら社長の昂佑こうすけの仕事で、製品はシリーズ途中からダウンロード販売。製品の在庫も備品の在庫も微々たるものだ。とても何日もかけて期末在庫を調べ上げるようなものではなかった。


 多分、昂佑と一緒に入社したバイト君。Love & Kühn 創業メンバーの一人。そもそも最初のラブきゅん学園は、彼がプログラムを書いていた。元々イラストや小説なんかを書いていて、乙女ゲーを作りたいがために独学でプログラミングまでマスターした猛者だ。しかし本命はシナリオライターで、プログラミング専攻の僕と交代でシナリオに専念した形。入社当初は法科大学院と二足の草鞋わらじだったけど、Love & Kühn が軌道に乗り始めて正社員へ。まあそういう裏話はどうでもいい。


 何が言いたいかって、僕がいくらプログラムを修正しても、ループは収まらなかったってこと。毎回しつこいほど確認を繰り返して、これでよし、って帰って確認してから来るんだけど、どこからか綻びが生まれて、またループ。




 一度書き換えて帰ったはずのプログラムが、なぜまた元に戻ったか知ってるかって、実は何度か界渡りを繰り返したことがあるのだ。しかし、


「世界を跨ぐことで、そなたの存在は希薄になります。お早くお帰りなさい」


 おばば様ことオルガ師の仰ったことは真実だった。僕はリリースしたプログラムが心配になり、二度目の界渡りをしたことがある。すると、戻った森人エルフの里では緊急配備が敷かれ、僕は即座に捕えられてしまった。僕のことを覚えていたのは、ウルリカとリュカ様のみ。なんとか事なきを得て釈放されたけど、あれから僕は森人の里から界渡りをすることをやめた。




 しかしその後、やむを得ず三度目の界渡りを決行した時。その時は、こんな感じ。


 僕はあちらの世界で何も思い出せず、ただ知らないアパートの一室で呆然としていた。自分が何者で、一体どうしてそこにいるのか、何も思い出せない。記憶喪失なのか、それとも重大な病気なのか。身分証明書やスマホ、パソコンはある。それらはすべて、僕が雨河怜旺という男だと証明している。だけど、目の前の現実だけではなく、僕はもっと大切なものを忘れている。


 手に握っていたのは、見慣れない指揮棒。どことなくファンタジー。何気なくふるってみると、更に知らない部屋にいた。


 洞窟のそばにある、石造りの家。小川に沿って歩けば、小さな農村がある。僕は石造りの家を拠点にして、農村と、反対側の大きな街に足を運び、細々と生計を立てた。誰も僕のことを知らないし、僕も誰のことも知らない。なんせ僕が僕のことを知らないのだ。


 しかしどうやら僕は、そこそこ腕の立つ冒険者だったみたいだ。冒険者証にはDランク冒険者の記録が残っていた。僕は初級ダンジョンを難なくクリアし、それからは細々とクエストをこなしながら、生きる術を身につけていった。そうして昇級を満たすポイントが貯まり、そろそろ護衛クエストでも引き受けようかと準備していた時、世界が巻き戻った。


 恐ろしかった。もうあんな目に遭うのはまっぴらだ。初めて世界がループして良かったと思う出来事だった。




 そういうわけで、僕の今の方針は、界渡りは1ループ一回。そして出来れば、向こうの世界の情報も積極的に仕入れてくること。グルメからライフハック、そしてシリーズ作の攻略情報まで、何が功を奏するか分からないからだ。


 そう。何が功を奏するか分からない。言い換えれば、手詰まりだった。プログラムまで書き換えられるというのに、一体どうすればいいのか。僕の戦いは、迷走していた。

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