第105話 ウェズリールートその後

 月曜日の放課後。いつものサロンには、いつものメンバーで、いつもの勉強会というお茶会が繰り広げられていた。


 先週の木曜日、リゼット嬢が手鏡を使った時には、確かに微妙な空気が漂ったはずだ。そして金曜日も、少しぎこちない感じで、みんな気もそぞろって感じで解散した。しかし、月曜日になってみれば、元通り。


 改めてウェズリー様を鑑定してみれば、「魅了・微」となっている。魅了は一度解けたはずだ。なのに、彼とヴァイオレット嬢との距離は、以前にも増して近い。2人を除いた出席者は皆、辟易へきえきした様子だ。特にリゼット嬢と侍女は、一度は彼の魅了が解けたことを知っているため、眉をしかめている。


 僕はウェズリー様の真意を探るため、勉強会の後も彼を尾行した。苦言を呈する従者に対し、彼は悪びれもせず「彼女はいずれ教会幹部だ。無下には出来まい」と言い放った。うん。彼は魅了が治っても、元からこういう性格なんだな。僕は彼に手を貸さない方向に決めた。ヴァイオレット嬢のハーレム要員として、頑張っていただきたい。


 一方で、リゼット嬢だ。このままだと、彼女は身の置き場がない。ヴァイオレット嬢のノートには、一言『→ 修道院』と書いてあった。断罪されて死刑とか、そういう事態は避けられそうにしろ、何も悪くないのに修道院とか酷い話だ。しかも彼女の立場が悪化すると、リュカ様がアーカートに留学という可能性も出て来る。ヴァイオレット嬢だけは駄目だ。課金アイテムでハーレムルート、それはゲームとしてはアリとはいえ、実際行動に移す女の子なんかドン引きだ。リュカ様には、餌食になって欲しくない。


 というわけで、僕はリゼット嬢に再びコンタクトを取ることに決めた。僕が力になれるかどうかは分からないが、出来れば協力してあげたい。




「こんばんは、マドモワゼル」


 手鏡の時と同じく、僕は彼女の部屋にカードを残しておいた。リゼット嬢と侍女は、二人して周囲を警戒しながらやって来た。


「あなたが誰とは存じませんが、淑女を夜分に呼び出しても良いと思って?」


「失礼致しました。私はアレク。ご存知のように、あなたに手鏡をお渡しした者です」


 夜の中庭、マントに仮面。我ながらベタだが、こういうの初めてなんだから仕方ない。リュカ様はワクワクしてくれたんだけどな。


 僕は単刀直入に切り出した。このままでは、あなたは修道院に行くことになるだろうと。リゼット嬢も、その辺りは薄々気付いているようだ。


「しかし、お嬢様は何も悪いことをされていないのですよ!そんなのあんまりです!」


「お黙りなさい。あなたの気遣いも分かるわ。だけど、彼の言うことは事実よ。そして恐らくそれが、私の行く末の中では最もマシな方だわ。———あなた、私に国宝級のアーティファクトを寄越したりして、どういうつもりですの?今宵とて、ただ私につまらない忠告をしに来たわけではないのでしょう?」


 リゼット嬢、よくご自分の立ち位置を分かっていらっしゃる。ラクール家の令嬢ということでちょっと身構えていたが、なかなか聡明なご令嬢のようだ。てか、今あの手鏡が国宝級って言った?研究所ではそんな見立てだったの?いや、それは今は置いておこう。


「あなたは聡明な令嬢です。あのご令嬢が良くない者であることを憂いていらっしゃるのでしょう。そして、ウォーディントン閣下は正気に戻った上で、彼女の存在を容認した。彼に懸命な判断を期待するのは難しいと言えるでしょう。ならばマドモワゼル、あなたはこれから、どうなさりたいですか?」


「それはどういう意味ですの?」


「私には、あなたとウォーディントン閣下の仲を取り持つことは出来ません。しかし、あなたに他の選択肢を示したり、お力をお貸しすることはできます。例えば、事業を興す。冒険者として活躍する。アーカート、ラシーヌ、または他の国においても。いかがです?」


「それは有り難い話だけど、あまりに私に都合が良すぎるわ。見返りは何ですの?」


 切れる令嬢だな。とてもルイゾン氏の妹とは思えない。いや、リュカ様の姉君と言えば、それも無理はないのかな。


「これから先、きっと同様の被害に遭う令嬢が出るはずです。彼女らに力を貸していただければと」


 こうして、ちょっと苦労したけど「被害者友の会(仮)」を結成することに成功した。




 11月4日火曜日に呼び出し状を出して、5日の夜に友の会結成。6日木曜日から、リゼット嬢はサロンでの勉強会を欠席するようになった。


わたくしでは浅学せんがくであることに気が付きましたの」


 そう言って、彼女は自主学習という名目で、学園を抜け出した。


 向かった先は、アーカート王都近くの初級ダンジョン。ここも、駆け出し冒険者から一般市民老若男女まで愛される、人気のダンジョンだ。人口の多いところだから人気のダンジョンが出来るのか、それとも誰でも簡単に良い素材が採れるから、そこに人が集まったのか。


「さあ、行きましょうか」


 リゼット嬢と侍女さん、そして僕。ダンジョン前で合流して、3人でアタックを開始した。




「あーははは!痛快ですわね!ダンジョンってこんなですの?!」


 リゼット嬢は絶好調だ。絶対こうなると思ってた。水属性って、どうしてこう、前に出て殴りたがるのだろう。


 僕の出来る最大の貢献、それはパワーレベリング。もうワンパターンだけど、それが一番効率が良くて成果が上がるんだから、仕方ない。特にリゼット嬢は、辺境伯家に嫁ぐと同時に、ヒーラーとして活躍し、牽引することを求められていたことだし。


 ウェズリー様がヴァイオレット嬢に鞍替えしたのも、その辺りが要因の一つと言える。光属性はすべからく教会が傘下に収めて管理するが、彼女は珍しい野良の光属性。ヒーラーとして、水属性の上位互換であるヴァイオレット嬢は、ウォーディントン家にとってより箔の付く女だ。そしてもし、彼女が後々教会に吸収されることになっても、辺境伯家と教会とのパイプは太いものとなるだろう。


 更に、クールな外見とは裏腹に、ウェズリー様は甘々プレイが好みなのだそうだ。ヴァイオレット嬢のノートに『バブみ』って書いてあった。しかし、リゼット嬢はどちらかというとキャリアウーマンタイプ。乙女ゲームのプレイヤーならば、ことごとく彼好みの選択肢を選び、彼らの関心を得て骨抜きにするなどわけもない。到底NPCが太刀打ち出来るようなものではないのだ。


 リゼット嬢が望んだのは、チカラだ。リュカ様は厨二病でもってチカラを望んだが、姉君は女のプライドを賭けてチカラを望まれた。水属性は、決して光属性の下位互換ではない。確かに光属性は、他属性を凌ぐ圧倒的なチートスキルがあったり、何かと優遇されている。主人公補正というやつだ。しかし何度も繰り返すが、水属性は回復に攻撃に水の確保に、マルチに活躍する優れた属性である。


 水属性が他の属性と異なるユニークなところは、光属性と共通するスキルがあると同時に、闇属性と共通するスキルもあるということ。回復だけでなく、毒生成、状態異常スキルも持っている。いずれも光・闇の本職には敵わないものの、出来ることが非常に幅広い。水は方円の器に従うと言うが、どこに行っても活躍するオールラウンダーなのだ。


 つまり、いくら光属性がチートといえども、水属性独自の優位性は揺るぎない。


「大人しくしていればつけ上がりやがって、あの男。忌々しいあの女と一緒に、ギャフンと言わせてやりますわ!」


 リゼット嬢は、メイスを振り振り先頭を闊歩する。その様子を、風属性の侍女さんが「さすが!お嬢様!」と囃したてながら追いかける。ラクール家の皆さんは、どうしてこうなんだろう。伯爵ファミリーも使用人の皆さんも、どっか変わってる。


 彼女らは、すぐにコツを掴んでサクサクと前進して行った。一を聞けば十を理解する知性と行動力は流石だが、少なくともウェズリー様の好みのタイプではないかな…。


 僕は彼女らの後を追いながら、次はどこのダンジョンに連れて行くべきか、思案に暮れていた。

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