第106話 逆ハーエンドまでの道のり

 その後。放課後は時折アーカートに顔を出し、土曜日の夜はリュカ様をレベリングに連れ出す生活が定着していった。アーカートの方は、もう僕が直接手を下すまでもなかった。


「あの女、ついにクエンティン様まで落としましたわ」


 ヴァイオレット嬢の計画についてそれとなく打ち明けたところ、リゼット嬢はすごい勢いで食いついて来た。そして、僕の代わりに彼女の様子を調べ、逐一報告してくれる。もちろん僕も彼らの監視は続けているが、部外者が直接介入するわけには行かない。リゼット嬢は攻略対象にそれとなく接触し、必要に応じてエリアサニティの魔道具を使い、それでも駄目なら当て馬役の令嬢を勧誘して、パーティーを組んでいる。


 宰相の息子、スウィングラー伯爵家三男のショーン様は、婿入り先のスタイナー子爵家の長女ソニア嬢をほっぽり出して。宮廷魔導士長ティレット子爵の長男トリスタン様は、いい感じだったライバルの平民セルマ嬢に、ヴァイオレット嬢との仲睦まじさを見せつけるように。ここでソニア嬢とセルマ嬢は男共を見限り、リゼット嬢のパーティーに喜んで加入。一方ヴァイオレット嬢は、ジョン・スミスと名乗る暗殺者グザヴィエと共に初級ダンジョンで最低限のレベリングをこなしてから、クエンティン氏を骨抜きに。今ここ。


 後はユリシーズ殿下と隠しキャラの二人、つまりリュカ様と僕だ。ヴァイオレット嬢は人の婚約者を奪っておきながら、リゼット嬢にのうのうと「弟君おとうとぎみはお元気?」とジャブをはなって来るらしい。残念ながら、彼は何不自由なくラシーヌの貴族学園に通っている。模擬戦は無事圧勝し、第三王子に目を掛けられ、家族からも手のひら返…待遇が見直され、土属性の仲間も出来たようだ。僕抜きで、ほぼ4周目のような学園生活を送っている。僕は今ループ、レクスではなくアレクと名乗っているし、隠しキャラは一生現れない予定だ。殿下はどう転ぶか分からないけど、もういい加減、5人で満足しとけよ。


 ともあれ、リゼット嬢と愉快な仲間たちは、現在リーダーのリゼット嬢(水)、侍女のリュシー嬢(風)、ソニア嬢(風)、セルマ嬢(土)の4人パーティー。彼女らは現在、中級に挑戦している。僕は土曜日の午後だけ引率し、時折アドバイスするだけだ。リゼット嬢を始め、悪役令嬢たちの有能さったらない。


「そっちに行きましたわよ!」


「おまかせください、ウィンドカッター!」


「おっと、させないよ。ロックウォール」


「ナイスフォローですわ!さあ喰らいなさい、氷柱アイシクルランス!」


 堅実かつ勇猛果敢。マッピングも分析も完璧だ。


わたくしは今まで何を恐れていたのかしら。婚約者としての立場?家と家の契約?ハッ、滑稽ですわね♪」


「その通りですわ、リゼット様♪」


「ほほほ、入り婿だからと遠慮しておりましたが、とんだ無能でしたわ。伯爵家に頼ることなどございません。自らが力を得れば、万事解決♪」


「力こそパワーだね♪」


 何だろう。婚約者に裏切られて、不当な扱いを受ける女生徒の力になってあげたかっただけなのに。開いてはいけない扉を開いてしまった気がする。


「さあ!ボスを周回して稼ぎますわよぉッ!」


「「「おー♪」」」




「アレク。何だか最近疲れているの?」


 リュカ様が、気遣わし気に僕の顔を覗き込む。


「いえ、リュカ様。少し考え事をしておりました」


 うん。ちょっと遠い目をしていただけなんだ。遠くアーカートの地で、4人の淑女をメスゴリ…屈強な戦士に変えてしまった製造者責任について、思いを馳せていただけなんだよ。


 リュカ様は相変わらず僕の癒しだ。彼はもう十分強くなられたし、模擬戦でも見事に優勝され、順調な学園生活も手に入れられた。僕が彼をレベリングに連れ出す必要はないんだけど、


「来週は、いよいよ地下四階だね!」


 毎回別れ際にそんなことを言われ、土曜の夜にはちゃんと冒険用の装備に着替えて窓際でそわそわと待っている。そんな彼に、「もうやめます」なんて言えない。言えないのだ。セーフゾーンで焚き火に当たりながらマシュマロを焼き、学園や家であったことに耳を傾け。そして、埋めたマップを見ながら、次は右に行こうか左に行こうか相談する。癒やされる。彼は僕のオアシスだ。




 一方、ヴァイオレット嬢の様子ははかばかしくなかった。最初はトントン拍子で攻略が進んでいるかと思っていたのに、隠しキャラが一向に現れない。リゼット嬢に接触する時も、次第に苛立ちを隠さなくなってきた。なお、ユリシーズ殿下は早々に陥落し、紆余曲折の末にアーシュラ嬢もリゼット嬢の仲間に加わった。彼女は闇属性だ。黒髪黒目、奥ゆかしくて控えめ。大和撫子って感じの令嬢だが、共通するスキルがあるせいか、リゼット嬢と仲が良い。


「あっ、可愛いウサギさん。えーい♪」


 そう言って、彼女は短杖を振るい、躊躇ためらいの欠片かけらもなく即死スキルをぶっ放す。いや、やってることは正解なんだ。いくら可愛い外見をしていても、モンスターはモンスター。油断してはならない。そして、魔法防御が低い相手に、状態異常スキルはよく効く。だけど、一見幼気いたいけなウサギの群れを紫のモヤが包んだかと思うと、バタバタと倒れてコインと尻尾に変わる。恐ろしい。ユリシーズ殿下、ヤバい令嬢を敵に回したのでは。


 それから僕が気になっていたのは、ヴァイオレット嬢に魅了の課金アイテムを引き渡した、魔導研究部なる存在。ここは、僕が調べても今ひとつ成果に繋がらなかった。一見普通のサークルにしか見えないし、学生も普通。例の闇属性の先生だけが、ちょっと怪しいといったところか。彼は攻略対象の暗殺者の上司であり、アーカート王室の隠密でもある。ヴァイオレット嬢の護衛のため、グザヴィエを彼女に付けるのは理解できるが、彼女の恋の成就が一体どんな国益に?


 しかし、ヴィヴィちゃんの時にユリシーズ殿下にくっついていた色っぽい女生徒。彼女は、他国の工作員であることが分かった。彼女に王子を籠絡されると困るから、ヴァイオレット嬢に手を貸した?どういうこと?やはり理解できない。


 まあ、今となっては、隠しキャラの僕たち以外は全て陥落したわけだから、ヴァイオレット嬢も魔導研究部も動きようがない。これ以上調べても何も出て来なさそうなので、放置することにした。




 そんなこんなで、はや一年。後はヴァイオレット嬢が各キャラと交流を深め、全員からラブラブ愛されるという通常ありえない逆ハーレムを築いて頂くだけだ。だけだったのだが。


「…何やコレ、隠しキャラ出て来んし、バグってるやん。課金までしたのに」


 ある日、耳元にそんな呟きが聞こえたかと思うと。


 王国歴358年10月1日。次の瞬間、僕はまたベッドで目が覚めた。

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