第103話 アーカート内偵

 10月28日、月曜日。僕は先週と変わらず、サロンに潜んで彼らの様子を伺っていた。こっちにも盗聴器とかないのかな。あったら、どっかでのんびりお茶でもしながら聞いてるんだけど。しかし、聞いても楽しい会話じゃないんだよな。相変わらずヴァイオレット嬢がウェズリー様に媚びっ媚びで、それを周りが「何だかなぁ」ってシラーっとしてるっていう。そもそも、ウェズリー様は魅了チャームに掛かってるんだ。もうそろそろ、次の段階に足を進めなければならない。


 魅了については、思うところがある。4周目、ヴィヴィちゃんはクエンティン様と一緒に、バインバインのお姉さんに魅了を掛けられた王子を、魔道具で正気に戻した。今、そのバインバインの立ち回りを、ヴァイオレット嬢がやってるってわけだ。ルートによってシナリオが大きく変わるタイプのゲームなんだろうか。


 とりあえず、魅了は解かなきゃいけないだろう。だけど、魅了を解いたらシナリオが大きく崩れるかも知れないと思うと、慎重にならざるを得ない。仕方がない、これ以上の諜報活動はちょっと気が引けたんだけど、もう少し踏み込むことにするか。




 10月29日、火曜日。僕は相変わらずサロンに入り浸るヴァイオレット嬢の私室に忍び込んだ。もうこれをやったら犯罪じゃん、と思って控えてたんだけど、背に腹は代えられない。彼女はまだレベル1、自力でウェズリー様を魅了したんじゃなければ、何か手掛かりがあるんじゃないかと思って。


 彼女の部屋は、全くもって普通だった。部屋の作りも男子寮と変わらないし、手回り品も少なく、至ってシンプル。何なら殺風景なほどだ。外見はぶりぶり…いや、結構ひらひらに着飾っていたので、ちょっと予想外。そして、目的のものはすぐに見つかった。


『ラブきゅん学園アーカート編・攻略』


 日本語で書かれたノートが、普通に置いてあった。




 恐る恐るノートを開く。すると、中の字は細く尖り、みっちりと細かく書き込まれている。きっと丸文字で記号なんかが多用されていると思ったのに、意外と几帳面で神経質な印象だ。そして、彼女がしょぱなからウェズリー様を性急に落としに掛かっていた理由が分かった。文字列の中にたびたび『ハーレムルート』と『課金アイテム』の文字が踊っていたからだ。


 整然とまとまったノートの内容は、背筋が薄ら寒くなるようなものだったが、良いこともあった。簡単ではあるが、攻略チャートやキーアイテムなどが一目瞭然だったからだ。勿論、初めて見る僕には分からないことだらけだったが、僕はこのゲームについて一切の情報を持たなかったので、断片だけでも有り難い。


 ノートによれば、攻略対象者は8名。そのうち、最初から登場しているキャラは5名。途中から攻略可能なのが1名。2名はシークレット、うち1名が悪役令嬢の弟。そしてもう1名は、ランダムエンカウントのモブ。リュカ様と僕のことか。


 全員同時に攻略しようと思ったら、まずは最初の5名のうちの誰かを籠絡すること。1人攻略を済ませれば、6人目のメインヒーロー、ユリシーズ第二王子へのルート解放。そして5人のうち誰を最初に選ぶかというと、隠しキャラの姉を婚約者に持つウェズリー様。これで隠しキャラを早々にアーカートに引き摺り出す、と。


 なるほど、リゼット嬢の婚約が破綻した際、家人と一緒にリュカ様もアーカートへ渡るのか。僕と出会う前、彼はそういう流れで、既にアーカートへ留学していたんだな。彼にとって、アーカート学園は充実した学生生活を送れる楽園だった記憶があるんだけど、それでもしこの歴代のピンク頭の餌食になっていたのなら、ちょっと許せない。だってまだ中学生だぞ?犯罪だ。


 おっと、私怨に駆られていても仕方がない。僕は手早く内容をメモに書き留め、部屋から去った。もう一度、絵姿を残す魔道具を持って来てもいいかもしれない。やっぱり女子寮に忍び込むのは、気が引けるけど。


 しかしこれではっきりした。ヴァイオレット嬢の野望は、断固阻止しなければならない。彼女の野望のためにリュカ様を差し出す気もなければ、僕だってこんなイカれた女の子にかしずくのは御免だ。ユリシーズ殿下とか、誰か適当な相手とくっついて満足して欲しい。




 10月30日、水曜日。僕は意を決して、リゼット嬢にコンタクトを取ることにした。もちろん、堂々と彼女の前に姿を現すわけにはいかない。僕は彼女の部屋のデスクの上に、かつてヴィヴィちゃんに手渡した手鏡、つまり周囲にいる人を正気に戻すエリアサニティの魔道具を、手紙と共に残しておいた。僕がこっそり使うより、使うかどうかは当事者に任せた方が良いかと思って。


 寮室に戻った彼女は、手紙を読んで侍女とひそひそ相談していたが、翌日内々に鑑定に出すことにしたようだ。


 10月31日、木曜日。リゼット嬢の動きは素早かった。侍女は早速手鏡を持って近隣の研究所へ鑑定を依頼し、手紙の通り、エリアサニティの魔道具であるという結果を持ち帰った。リゼット嬢はすぐさま手鏡を持って、いつもの通りにサロンへ。そして、勉強会(という名の茶番劇)開始早々、手鏡のスイッチを押した。


「———おや」


 部屋の空気が、微妙に変わった。さりげなくベタベタとボディタッチを繰り返していたヴァイオレット嬢に対し、拳1つ分ほどの距離を取り、彼女をまじまじと見つめるウェズリー様。その様子を、固唾を飲んで見守るリゼット嬢と侍女。取り巻きには、その違和感を感じている者といない者がいる。


 当のヴァイオレット嬢は、そんなウェズリー様の変化に気付くこともなく、中身のない「提言」を繰り返し、相変わらずのヴァイオレット節を披露している。僕はそんな彼らの様子を見届けた後、他の攻略対象たちを調べるために、そっとその場を離れた。




 10月31日、金曜日。ヴァイオレット嬢が狙う他の攻略対象者について、それとなく探りつつ。僕は一番重要な、『課金アイテム』の入手先について調べることにした。そこは、学園内の魔術研究部。やってることは、ラシーヌの「塔」の劣化版。しかし実態は、学生の部活動の隠れ蓑を被った違法魔道具やポーションの製造販売だ。そして監督教諭は、最初僕とリュカ様に恐慌フィアーを掛けようとした、あの闇属性の事務官。彼、先生だったんだ。


 精神操作系のスキルや魔道具は、どの国においても大体御法度ごはっとだ。しかし国の機関だけは、それらのスキルを防ぐために研究が進められている。そこが腐っているのはいただけない。こういう特殊公務員こそ、身柄や思想を十分に管理するべきだと思うんだけど。いや、逆に彼の行動は、この国の国益に沿っているのだろうか?


 ともかく、彼についてはヴァイオレット嬢同様、少し注視しておかなければならない。それだけじゃない、攻略対象に周辺人物、調べなきゃいけない人がいっぱいだ。乙女ゲーム(だよね?これ)のループを終わらせるのが、こんなに大変だったなんて。僕は自室に帰り、ノートをまとめながらため息をついた。

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