第101話 3人目のピンク頭

 10月19日、土曜日。僕はいつも通りに外泊届けを出し、今度は風の超級ダンジョンに飛んだ。目ぼしいダンジョンにはマーカーを置いておかなければ。これでいつでも素材を乱獲し放題だ。


 夜になり、王都に転移。リュカ様は部屋着ではなく、私服で待っていてくれた。


「僕を強くするって、どうする気」


「私を信じてついて来て下さい。さあ、これをどうぞ」


 僕は彼の首に、ルフのタリスマンを掛けた。そして窓から彼を連れ出し、そっと窓を閉じると、次の瞬間にはプレオベールのダンジョンへ転移した。




 それから僕のしたことは、これまでのパワーレベリングと同じ。彼の前でトーチカや塔を建てて見せ、ダンジョンでモンスターを一掃して見せて、その後はひたすら周回した。


「すごいよ!すごいよアレク!僕の石礫ストーンバレットが当たるよ!」


「ええ。こんなものはまだ序の口です。リュカ様は、もっとずっと強くなられるのですよ」


 やっと無邪気な笑顔を見せるようになったリュカ様。4周目はアーカートで失望され、5周目は十分に構ってあげられず。本当は、僕が彼をどうにかしようなんて、おこがましいのかも知れない。だけど、こんないい子なんだもの。やっぱり少しは力になってあげたい。


 夜は存外短い。人知れず彼を連れ出すには、時間に限りがある。今回だけで結構なレベリングになったけど、続きはまた今度。僕は次の土曜の夜に再び迎えに来る約束をして、彼を伯爵邸に送り届けた。




 10月21日、月曜日。必要な魔道具も揃って来たことだし、放課後は改めてアーカートで調査を進める。前回は、彼女について聞き込みをするまでもなくすぐに見つかったのに、今回は思ったより難航している。今度の中の人は、あまり学内を出歩かないタイプなのか?それともまさか、入学していないとか。


 疑問は水曜日に解決した。何と彼女は、上位貴族用のサロンに入り浸っていたのだ。少し聞き込みをすると、すぐに見つかった。悪い意味で。婚約者のいる子息に馴れ馴れしく付きまとう、厚かましい男爵令嬢がいる。その名も、ヴァイオレット・ヴァーノン。有名だった。ヤバい、ステレオタイプのアカン聖女っぽいムーブ。


 さらに、良いニュースと微妙なニュース。良いニュースというのは、付き纏っている対象が、はっきり分かっていること。お相手は、ウェズリー・ウォーディントン。高等部一年、ウォーディントン辺境伯家次男。そして微妙なニュースとは、なんとウェズリー様の婚約者というのが、ラシーヌからの留学生、リゼット・ラクール伯爵令嬢。リュカ様の姉君だった。


 ちょっと待って。こういうの、ラノベやゲームでよくあるパターンなんだけどさ。普通、ダメじゃね?どう考えたって、ダメだよね?


 仮に、ヴァイオレット嬢の恋が成就したとする。そうすると、彼女は伯爵令嬢の婚約者を押し退けて妻の座を得るというわけで、その際、両家や二国間で取り決められた決まり事はどうするんだって話だ。しかも、破棄されたリゼット嬢はどうなるの。断罪?追放?修道院?そもそも、一度縁談にケチのついた女性に、貴族の世界の目は厳しい。まだ詳細を知らないけど、他国に一人、嫁入りを前提に留学して来てんだぞ。そんな恋愛、応援しちゃダメだろ。


 かといって、僕は彼らの人となりも何も知らない。リュカ様の姉君であるリゼット嬢が、もしリュカ様に冷たく当たるような人物ならば、肩入れする気も薄れてしまうような。いや、いかんいかん。何故リゼット嬢に味方する前提で考えを進めてしまうのか。


 でも、いや、しかし。この状況で、男爵令嬢の肩を持って、恋愛成就を推し進めるって、なくね?ループの終わりが賭かっているというのに、僕は寮室で頭を抱えた。




 10月24日木曜日。僕は斥候術と風属性スキル、闇属性スキルを駆使して、サロンに忍び込んだ。とりあえず、様子を探らなければ先に進めない。


「ということを提言したいのです!」


「なるほど。君はいつも面白い考えを述べるな」


 クールな雰囲気のウェズリー様だが、「お前、面白ぇ女だな」感がアリアリだ。高等部が始まってまだ1月足らず、ヴァイオレット嬢はいい調子で攻略を進めているっぽい。一方、


「あなた、それはあまりに稚拙な案ではなくて?」


 リゼット嬢が口を挟み、取り巻きがこくこくと頷いている。しばらく会話に耳を傾けて、一部推測で補ったところ、彼らは辺境伯領における治療院の運営について話しているらしい。リゼット嬢は水属性で、ラシーヌの名門ラクール魔道伯の娘。隣国との小競り合いが後を絶たない辺境伯領で、ヒーラーの長としての活躍を見込まれて、アーカートに送り出されたようだ。


 一方、そこにくちばしを突っ込んだのが、光属性のヴァイオレット嬢。光属性は、すべからく教会にスカウトされる。野良の光属性、しかも貴族籍なぞ国際的に見ても珍しい。ブリュノが、わざわざ国外までアンテナを伸ばして、やっと一人掴んだのが彼女だ。はっきり言って、ヒーラーとしてのポテンシャルは、光属性は水属性の完全上位互換。ウェズリールートは、こうして妻の座に食い込んで行くようだ。


 しかし、元々のゲームの仕様がそうなのか、それともヴァイオレット嬢の考えが浅薄せんぱくなのか。部外者の僕が横から聞いているだけでも、彼女の案はあまりにお粗末。辺境伯家の金を使い、傷病者は片っ端から無料で治療すればいいとか。口で言うのは簡単だが、考慮する点は山ほどある。民間のヒーラーや薬師など、既存のシステムとの折り合いや連携はどうするつもりなのか。全員治すったって、僕みたいに魔石をじゃんじゃん使えたり、レベルもガッツリ上げられるチートならともかく、通常水属性の一般人は、軽い治癒を何度か使えばMPは枯渇してしまう。兵役に就く者はレベルが高いが、逆に水属性は攻撃にも飲料水の確保にもマルチで活躍する属性のため、治癒だけにMPを割くことは出来ない。ならば、水属性の一般人をヒーラーに育成するとして、誰がいつ、どうやって。


 既存のシステムには、あらゆる欠陥や改善すべき点はあるだろうが、それでもこれまで先人が知恵を絞って構築してきた賜物だ。方々ほうぼうに配慮した上で、機能するように出来ている。リゼット嬢が婚約者に据えられたのも、それなりの身分がある者が上に立った方が、まとまりがいいからだ。もちろん、あれがダメこれがダメって、最初から全ての案を否定していては、物事の改善は見込めないけれど、ヴァイオレット嬢のアイデアは、ちょっと軽率すぎる。




 それよりも、問題はそこではない。高等部が始まってまだ日は浅い。ヴァイオレット嬢が、彼らと面識を持ち始めたのかは分からない。だけど、下位貴族が堂々と上位貴族用のサロンに乗り込み、馴れ馴れしく意見を披露する異常さ。その理由は、ウェズリー様を鑑定してすぐに分かった。彼は「魅了」されている。


 ヴァイオレット・ヴァーノン。今度のピンク頭は、前の二人よりも厄介そうだ。




✳︎✳︎✳︎


2023.03.29


ご指摘をいただき、最後から二番目の段落を一部改訂しました。

ありがとうございます!

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