第100話 転移、ゲットだぜ

 転移のマーカーが残っていたのは幸いだった。僕は、いくつかのポイントにこっそり転移を試みる。アーカート周辺の森の中、建てたフォートは消えていたが、地点登録はバッチリ。もう1つ、空き家にも飛べたが、無断で入るのはやっぱり気がとがめる。ここは後で買収するまで使わないようにしよう。


 早速アーカート学園の中を覗いてみたい気もするけど、今日は日曜日の夜。また日を改めて来よう。どこか学園の中に、ワープポイントを設定出来ればいいんだけど。




 10月14日、月曜日。そろそろ行動を開始。もう今度からは、直接プレゼンを行うのはやめる。まずカバネル先生、彼には匿名のレポート。救荒作物からお酒はこうやって作るんだよっていう。これを商機に結びつけるかどうかは、彼に任せる。そしてローズちゃんとブリュノ。こっちも手紙で事を済ませる。土日に氷の超級を回ったけど、あそこの素材はマロールの中級ダンジョンの上位互換。毒、麻痺、盲目、石化の素材を1つずつ付与するだけで、あらゆる状態異常をかなりの確率でブロック、もしくは軽減できる。これを適当に指輪に施し、サニティのポーションと共に彼の自室へ。これらのレポートや手紙は、このループが始まってから、授業中にこそこそと準備をしておいたものだ。これで、彼らへの介入は終了。


 残るはリュカ様だ。彼は今頃、王都で一人孤独に戦ってるんだろうか。4周目、僕が1月に王都に行く前、彼は自宅から学園に通っていたという。まだ通学してるのかな。それとももう、登校を諦めて自室に籠もっているのだろうか。一度様子を見ておきたい。


 10月15日、火曜日。僕は放課後、王都まで飛んだ。前ループでは王都に近寄らないようにしていたけど、この辺りにもマーカーを置いておくといいかも知れない。とりあえず、暗闇に紛れて上空からラクール伯爵邸へ。魔導の名門と呼ばれる割に、防御はお粗末だ。一応地上からの侵入者に対しては、警備員の他に警報の結界が張られているようだが、僕は難なくスルーして、リュカ様の部屋の窓から中を伺った。


 リュカ様は、ランプを灯して机に向かっていた。机の上には、貴族学園の教本とノートが並んでいるが、一向に手が進む様子が見られない。それはそうだ。これから1年後、中等部一年の終了時には高等部まで全てスキップして卒業するほどの学力がある。つまらなくて仕方ないのだろう。それなのに、家でも学園でも、土属性というだけでさげすまれる。彼がやる気を無くすのも、仕方ないと言えるだろう。


 僕は彼の無邪気な笑顔を知っている。4周目、彼はアレクシ、アレクシと、まるで本当の兄のように慕ってくれた。他の案件は、僕が直接手を下さなくてもいいけど、彼のことだけはどうにかしてあげたい。


 コツ、コツ。


 僕は思わず、彼の部屋の窓をノックしてしまった。




「君、だれ?」


 何回目かのノックで、僕に気付いたリュカ様。注意深く窓を少しだけ開いて、僕に話しかける。


「お初にお目にかかります、リュカ・ラクール閣下。私はアレク…アレクということにしておきましょうか」


 しまった。もっと気の利いた偽名を用意しとけば良かった。僕は認識阻害のスキルを使いながら、彼との対話に臨んだ。


「こんな夜に、僕に何の用。人を呼ぶよ?」


 素性が知られていると知ったリュカ様は、警戒を強めた。だけど僕は、ここで引き下がる訳には行かない。


「リュカ様。チカラが欲しくありませんか?」


「…チカラ?」


 よし、刺さった。彼は年の割にしっかりしたお坊っちゃまだけど、厨二病という弱点を抱えている。「チカラが欲しいか」、これは罹患者に対するパワーワードだ。


「まずはお近づきのしるしに、こちらをどうぞ。ちょっとしたお守りです」


 ブリュノに贈ったのと同じ指輪。いつか彼に渡したいと思っていた。状態異常軽減の作用があるので、周囲からの精神攻撃に対して、かなり耐性が付くだろう。


「今宵は、これにて。また参ります」


「あ、ちょっと」


 何か言いたそうな彼を置いて、僕は飛び去る。…フリをして、門番からは死角にあたる植え込みの影に着地。座標演算して転移マーカー登録、マロールに帰還した。これで、一応最低限の介入は出来た。しかし、彼が今後問題なく学園生活を送るためには、少しレベリングしてあげた方がいいだろう。僕は早速、彼に渡すためのタリスマンや魔道具の製作に着手した。




 10月16日、水曜日。いよいよアーカート学園に潜入。前回、前々回と、ピンク頭に散々な目に遭わされて来た。苦手意識もひとしおだが、いつまでも避けているわけには行かない。


 アーカート学園の良いところは、服装が自由なところ。一応制服があるにはあるんだけど、他国からの留学生も多いため、宗教や慣習上で決まった服装を着用する生徒もいる。貴族は準礼服のような装いで登校する。制服を着ているのは、主に平民の学生。


 お金がない平民のため、OBやOGの制服の古着が流通している。なので、近隣の衣料品店では割と簡単に制服が入手出来る。生徒のふりをして入り込むのは簡単だ。前ループでは、休日の学内を私服で散策するていを装ったが、今回は高等部の制服に身を包み、放課後の学内を堂々と徘徊する。


 ピンク頭の彼女を見つける上での問題点。それは、彼女のクラスが、学力によって変わることだ。最初のヴィヴィちゃんはE組、そしてこないだのヴェロニカ嬢はB組だった。もちろん、学力とはこのゲームの中でのことだ。ヴィヴィちゃんもヴェロニカ嬢も、どっちもガチ勢っぽかったもんな。もしかしたら、攻略したい対象に照準を合わせて、成績を調整しているのかも知れない。


 しばらく学内を徘徊したが、残念ながら彼女を見つけることは出来なかった。しかし、僕はいくつかの倉庫や人気ひとけのない校舎を見て回り、転移マーカーに登録した。これらを橋頭堡きょうとうほにして、今度こそクリアを目指す。次の「中の人プレイヤー」、マトモ…いい人だといいな。




 10月18日、金曜日。改めて、王都のリュカ様に会いに行く。窓をコツコツと鳴らすと、彼はすぐに気が付いた。


「この指輪、何なの」


「気持ちを鎮めるためのお守りです。お気に召しませんでしたか?」


「先生に見せたら、すごいアーティファクトだって言われた」


 見せたんかい!でも、これは僕が悪いな。得体の知れない指輪なんて渡されたら、そりゃ調べるだろう。ちゃんと説明した上で、口止めしとくべきだった。


「それで、いかがなさいますか。お強くなられる決心は付きましたか?」


「それは…」


 リュカ様は戸惑っている。そりゃあそうだろう。知らない男が窓の外でプカプカ飛びながら、怪しい指輪を渡した挙句、「チカラが欲しいか」だもんな。しかし僕は畳み掛けた。


「論より証拠。明日の夜、お迎えに上がります。決して後悔はさせません。では」


 僕はそう言い残して、彼の目の前で転移した。明日、ついて来てくれるといいな。

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