第88話 光属性のご令嬢

 僕らが呆気に取られていると、彼女はつかつかとやって来て、勧めてもいないのに勝手に相席して来た。


「新キャラ実装されたはいいけど全然会えなくて、探しまくっちゃったじゃん。出現条件バグってない?」


「えっと…マドモワゼル?」


「あ、登録ネームはヴィヴィアンね。愛称はヴィヴィちゃん。親密度80%以上でヴィーだョ☆」


 リュカ様は何一つ理解できず、フリーズしている。アカン、コイツやべぇ奴だ。僕が単なるモブじゃなくて転生者だと知れたら、厄介な予感しかしない。


「あの、ヴィヴィアン嬢。リュカ様をご存知なのですね。私は従者のアレクシと申します。お見知り置きを」


 僕は満面の愛想笑いで、リュカ様とヴィヴィちゃんの間に割って入る。


「従者?そんな奴いたっけ。それよりクエンティン様ルートを攻めるのに、他の攻略対象キャラも好感度50まで上げなきゃだしィ、ランチイベントあと3回、ヨロシコ☆」


 彼女は横Vサインでウィンクして、嵐のように去って行った。うん。好感度が上がるとか上がらないとか以前に、正気を疑う。リュカ様は、珍獣の後ろ姿を半口を開けて見送っている。




 その日の午後、クラスメイトにそれとなくヴィヴィアン嬢のことを聞くと、誰もが「あー」という顔をした。そして親切な生徒の一人が、詳しく教えてくれた。


 ヴィヴィアン・ヴァーノン。高等部二年E組、ヴァーノン男爵家の遠縁の子女であり養女。幼少より治癒の能力があり、水属性かと思われていたが、実際は光属性であることが判明。アーカートでも、光属性はほとんどが教会に所属するが、既に学園に進学していたため、ひとまず卒業まで通うことになったと。しかし高等部に上がると同時に、何故か性格が豹変。それまでは大人しく慈悲深い女の子だったのに、時折意味不明の単語を口走るようになり、クイグリー騎士爵が次男、クエンティン様に熱を上げられるようになったとか。うん。悪口にならないように、とても気を遣った表現だったけど、言いたいことは伝わって来た。


 よし。これはもう、決まりと見ていいだろう。ループの舞台はここアーカート王立学園。主人公はヴィヴィアン嬢。ターゲットはクエンティン様。あと二年の間にこの二人をくっ付ければ、僕の勝ちだ。中の人は相当痛いタイプのプレイヤーさんみたいだけど、この際贅沢は言うまい。下手に頭が切れる令嬢よりも、操…思惑通りに動いてくれる可能性は高いはずだ。


 彼女は宣言通り、翌日のお昼時にも現れた。そして一方的に馴れ馴れしく捲し立てた後、嵐のように去って行こうとした。そこで、


「誠に無礼ながら、私共は留学に来たばかりで学友がおりません。これも何かのご縁です。お友達になって頂いても?」


 リュカ様は、信じられないものを見るような目つきで僕を見ている。しかし、僕の目的達成の為には、彼女との交友が不可欠なのだ。


「オッケー☆モブはいくら好感度上げても関係ないしィ☆」


 モテるって罪ィ〜☆などと言いながら、やはり嵐のように去って行った。そしてそれは、間もなく恒例行事となっていった。




 それから2年間、僕は頑張ったと思う。プレイしたことのない乙女ゲームを、初見でクリアしなければならないという苦行。しかも操作キャラは、ちょっとアレな女の子だ。しかし、街に連れ出しては身なりを整え、ダンジョンに連れ出しては腕を磨き。そして時折、付与エンチャント盛り盛りの小物を献上する。魅了は見つかるとヤバいから、魅力上昇のパッシブな奴で。


 そして、覚えたばかりの斥候術を生かして、クエンティン様の予定や好みを聞き出し。闇属性スキルを究めて、影に潜りながら後をつけて行ったりした。高等部三年生の一年と、その後リュカ様の従者をしながら聴講生として在籍しつつ、僕の2年はほぼ彼女の恋愛成就のために捧げられたと言ってもいい。


 リュカ様には、当初拗ねられたり怒られたり、白い目で見られたりしたが、そのうち彼も何も言わなくなった。ご自身のレベルに合ったご学友も出来たみたいだし、学生生活も楽しく充実しているようだ。喜ぶべきことではあるが、僕としては、見捨てられたようでとても悲しい。


 しかし、止めるわけには行かなかった。なんせループ断絶が掛かっている。この困った令嬢を何とかしなければ、僕には文字通り未来はないのだ。




 果たして2年後、ラシーヌ王国歴361年9月24日金曜日。卒業式の後の記念舞踏会で、それは起こった。


「侯爵令嬢、アーシュラ・アトリー!貴様との婚約は破棄する!」


 どこかで見たような、百番煎じの茶番劇。第二王子ユリシーズ殿下が色っぽい女子生徒を侍らせて、清楚な女の子に高らかに宣言している。しかし、


「待ってください殿下!その女にそそのかされてはなりません!」


 後ろに控えていたクエンティン様が、王子の愚行に待ったを掛ける。


「その者は魅了の魔力を使っています。ヴィー」


「はい、クエンティン様♡」


 群衆の中から進み出たのは、ピンクの頭のヴィヴィアン嬢。手にはいわくありげな手鏡。まあ、僕が作ったエリアサニティの魔道具だけど。鏡から光が漏れ出し、会場を包み込むと、王子殿下がハッと我に返る。


「僕は何と言うことを…」


 その後は分かるな?皆さんの想像通りになりました。




「やっだぁもークエンティン様クッソイケメン☆スチル回収美味しゅうございました!ゴチ☆」


 翌週のカフェテリア。彼女は超早口で捲し立てる。就職先なんかの都合で、卒業生も9月末日までは学園に在籍していいことになっているが、彼女もギリギリまで学園に残るようだ。


「それで、卒業後のご結婚は?」


「いや、プロポーズは断ったよ?」


「は?」


 彼女曰く、クエンティン様は、推しの声優がCVを務めていたから選んだとのこと。そして恋愛はゲームだから楽しいのであって、これから男爵家を盛り立てて行くなら、婿は騎士爵の三男では駄目らしい。


「これからは内政っしょ☆経営とか強そうな男子がいいしィ。あ、アレクシ君、どう?」


「いえっ、僕は帰国後に第三王子からポストが与えられておりまして…」


「ちぇー。じゃあまた、商売に強そうなイケメンがいたら紹介してん☆」


 彼女は、最後もやはり嵐のように学園を去って行った。




 こうして僕のループとの戦いは、幕を下ろした。長い戦いだった。振り返ると、遠くマロールを出て王都を離れ、はるばるアーカートまで。一緒に来たリュカ様はご学友と楽しそうに過ごされ、僕は寮室に独り。僕の手元には何も残らず、失った代償は大きかった。しかし、後悔はしていない。こうでもしないと、僕の人生は始まらなかったのだから。


 さあ、改めてこの先の身の振り方を考えよう。聴講生ともなれば、好きな講義をいくつでも取ることが出来るし、逆にリュカ様の許可さえあれば、いつでも学園を辞めることが出来る。取りたかったスキルも取れたし、冒険の幅も広がるだろう。


 それよりも、ウルリカだ。これからラシーヌに戻って、どうやってクララックを訪ねよう。いきなり工房を訪ねるのはマズいかな。やっぱり兄について行く形で足を運ぶべきか。お友達からお願いします、って言えばいいのか?うーん、今更ながら切り出し方が分からない。


 とりあえず、インベントリにはこれまで集めた素材がたくさんある。きっと彼女は、こういうのを喜んでくれるはずだ。うん、やる気が出て来た。僕の人生は、これからだ!


 そんなこんなで荷物を整理しながら秋休みを過ごし、ベッドに潜り込む。明日からは新学期だ。リュカ様は高等部進学。そして僕は、今期何を取ろうかな。




 そして翌朝。僕は寮で目が覚めた。


 しかし、寮は寮でも、アーカートではなく、マロールの。


 王国歴358年10月1日火曜日。


「また巻き戻るんかい!」


 僕はベッドの上で叫んだ。僕の戦いは、まだ終わりそうにない。




———ループモブ〜ループに巻き込まれたモブの異世界漫遊記・完———




【あとがき】


2024年3月15日より、追加ストーリー25話の連載を始めます。

もしよろしければ、続きをお楽しみください♪

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る