第87話 アーカート到着

 いつもの通り、僕らは空路アーカートを目指した。普通は、南から海路を使うのが一般的だ。今は国同士の小競り合いも落ち着いていて、海賊も順調に取り締まられている。だけどやっぱり、空を飛ぶスピードには敵わない。路銀もタダだしね。


 この世界には、正確な地図は存在しない。この大陸の東端が僕らの住むラシーヌ王国で、南岸を辿って西の西。アーカートの王都は港町だそうなので、僕らは海岸に沿って飛んだ。全速力で頑張れば1日で飛べないこともないけれど、入学試験と審査の日は決まっている。急ぎ過ぎても良くない。時折海沿いの街に降りつつ、観光したり冒険者ギルドに顔を出したりしながら、三日かけてアーカートに入国した。


 こちらも新入学と進級は10月。僕がブリュノに話を聞いたのが7月の終わり。この世界は、書状1つやりとりするにも日数がかかる。学校側も、今は各種事務手続きでてんやわんやしていることだろう。どうしたって10月編入は間に合わない。前期中間試験の12月頃を目処に編入試験を受ける予定で、僕らは一度学園に挨拶に向かい、それから指定の期日まで周辺のダンジョンに出かけるつもりだった。


 しかし。


「お待ちしていましたよ、リュカ・ラクール様、そしてアレクシ・アペール様。お噂はかねがね」


 学園ではすぐに応接室に通され、担当の事務官が現れた。僕らのことは、学園祭の件からこちらに知れ渡っていたらしい。確かに来賓には、各国の外交官も含まれていたような気がする。しかも、


「リゼット様もご健勝であらせられますよ。きっと弟君の留学をお喜びになるでしょう」


 そういえば、リュカ様の姉君もアーカート学園に留学されていたんだった。しかし、リュカ様の周囲の温度が、氷点下まで下がっている。


「書類をご覧の通り、私は伯爵家を出た平民です。お気遣いなく」


「おや、お気に障ったのなら謝罪いたします。しかしあなた様は依然、ラクール大佐の庇護下にあらせられる。私共わたしどもとしましては、あなた様を平民と同様に扱うわけには参りません。ご了承ください。そしてアレクシ様、あなたも」


「へっ?」


「ふふ。各国の諜報部は、それなりに機能しておりますよ。もちろん我が国もね」


 ヤバい。何をどこまで知られてるんだろう。そういえばこの人、闇属性だな。視界の外に、「恐慌フィアーを受けました」って出てる。スキルで籠絡しようなんて、ちょっと感心しないな。まあ、レベル差もあるし、付与エンチャント装備で全部防いじゃってるんだけどね。




 そういうわけで、僕らは試験も何もなく、顔パスで入学が叶ってしまった。学費も無償と言われたけど、一応支払った。寮室は、下位貴族用の二人部屋を宛てがわれた。ラシーヌ王国歴359年、10月10日金曜日。


 土曜日は荷解きをして、日曜日は街にお出掛け。アーカートの王都は海に面しているせいか、様々な民族や種族がいる。治安は少し良くないようだが、なんせ活気がある。僕が留学を決めてから、ご家族の問題に直面することとなって、リュカ様には色々と複雑な思いをさせてしまった。ずっと水面化に横たわっていた問題とはいえ、しばしば表情を曇らせていたリュカ様が、新天地でワクワクしている姿を見るのは、僕としても嬉しい。


「見てっ!あれすごいよ!あんな大きなスイカ、初めて見た!」


「この時期になってもマルシェにスイカが並ぶなんて、流石は貿易大国ですね」


 そぞろ歩きするだけで楽しい。まるで最初、リュカ様を誘ってラシーヌの王都を散策した時みたいだ。僕は一時いっときループのことを忘れて、異国の街を堪能した。




 10月13日月曜日。僕らはそれぞれ、中等部二年と高等部三年に編入した。僕もリュカ様もSクラス。そう。この学園は、身分関係なく成績順に輪切りにされるのだ。そして特筆すべきは、規模。ここは一定の成績と授業料さえ納められれば、入学が許可される。学費も安い。何て言うか、日本の首都の国立大学みたいな感じだ。国中から優績者が集まっている。もちろん国内の貴族は別枠というか、希望すればみんな入学することは出来るみたいだけど。


 ラシーヌは、学校を厳格に身分で分けることで、各階層に合った教育を広く敷いていた。アーカートは、身分を取っ払って競争を取り入れることで、教育のレベルを引き上げようとしている。どっちが優れているということじゃない、どっちも理に適った考え方なんだけど、ラシーヌで育った僕としては、貴族とか王族とかの警護は大丈夫なのかと心配してしまう。そしてそれは、多くの小説やゲームでも感じていた。その辺の生徒がナイフでも隠し持ってて、グサってやられたらどうすんのって。


 だけど裏を返せば、それだけゲームの舞台に近い学園ということだ。やっぱループの元凶は、ここなのか!


「何だか楽しそうだね、アレクシ」


 リュカ様がランチを食べながら、考え事をする僕の顔を覗き込んでいる。そういう彼も、ちょっぴり楽しそうだ。ここは成績実力主義なので、土属性に対して偏見や差別は見られない。何なら闇属性の生徒まで、平気で闊歩している。少ないけど。


 これまでのループで、光属性と闇属性の魔導書だけは、禁書扱いで読めなかった。しかしあらゆる場面でガチガチに管理されるラシーヌと違い、アーカートは驚くほど自由だ。光や闇属性のスキルのみならず、ラシーヌでは後ろめたい目で見られる斥候術が、何とここでは普通に授業として開講されている。クラスはあくまでホームルーム、入学時の成績順に並んでいるだけで(僕らは特別にSクラスに編入したけど)、時間割は個人単位で選択して組み立てる。まるで大学だ。よし、この際弓術に薬学、召喚術に魔法陣学など、取りたい単位を全部取ろう。


「どうでしたか、授業の見学は。明日が申請期限ですが、リュカ様は何を取られますか?」


「ええとね…」


 二人してランチをいただきながら、行儀悪く授業計画シラバスを覗き込んでああでもないこうでもないとキャッキャウフフしていたその時。


「見つけた!リュカ・ラクール、探したわよ!」


 顔を上げると、そこにはピンクのふわふわボブの女生徒が、こちらを無作法に指差していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る