第70話 王都でデート

 寮生活は、順調にスタートした。リュカ様は、一応身の回りのことは自分で出来るように訓練されていたみたいで、僕が特別に手伝わなくても難なくこなした。ただ、どうしても侍女が手助けするよりは出来が甘いので、僕が多少手直しする。髪をかしたり、リボンを直したり。素直になすがままなところが、まるで子犬のようだ。


 彼の勉学は、申し分ない。伯爵邸の自室で、かなり高度な本を読んでるなとは思ったんだけど、結構な範囲まで自習している。他の生徒のレベルがどんなものかは分からないが、きっと上位を獲れると思う。


 入寮してびっくりしたのは、確かに伯爵邸から彼の荷物は届いていたけど、最低限&そのまま放置。本当にアイツら、やる気あんのかよ。まあいい。寮室は、貴族用と一般用とに分かれていて、しかも貴族用の中でもランクがある。リュカ様の部屋は上位貴族用。従者用の控え室に、水回りまで付いている。家の中では冷遇していても、対外的にはちゃんとした部屋を与えておかねばならないのだろう。


 彼のメンタルは、日に日に安定して行っているようだ。なんせ僕は、掃除や洗濯にかこつけて、彼の身の回り品を自室に運び入れては、片っ端から付与を掛けている。弱い素材でも10個も付与すれば、店売りの防具と変わらないくらいの性能にはなる。逆にやり過ぎに注意だ。一度カミーユ先輩の槍でやらかしている。冒険での装備品と違い、学園生活に使う身の回り品への付与は、ほどほどにしておかなければ。


 そうして火曜日から金曜日、日常は穏やかに過ぎて行った。




 1月18日、待ちに待った土曜日。


「リュカ様。今日は制服を受け取りに出掛けたいのですが、ご一緒頂けませんか」


 王都に不慣れな僕、という建前で、僕は彼を街に連れ出すことに成功した。


 貴族学園にも、制服はある。しかし貴族や豪商は事前にオーダーメイド、そして奨学生は貸与。僕は指定の店でセミオーダーメイドで発注。昨日までは貸与品で済ませ、今日受け取りというわけだ。シーズンオフのため、仕上がりは早かった。そして勿論、これは言い訳。今日はリュカ様を連れておデートだ。


 衣料品、小物、文房具。彼はそれなりのものを使っているが、何と言うか、実用重視でものすごく無愛想なやつばかり。高等部ではあるが、うちの庶民クラスだって、もっと自分らしいものを使っている。僕の買い物に付き合ってもらうていで連れまわし、「リュカ様にはこれなんかどうですか」と提案すると、一瞬顔を赤らめて「でも後で咎められるから」と視線を落とす。


「そんなの関係ありませんよ。だって寮ですもの」


「!」


 バッと顔を上げて、「じゃあ買う」って目をしている。うんうん。買おう買おう。何だか甥っ子がいたら、こんな感じかもしれない。僕は叔父馬鹿だ。


 なお、今のところ伯爵家からは一銭も頂いていない。恐らくラクール先生が僕を強引にじ込んだのだろう。だけどまあ、金銭は些細なことだ。僕は短い間だったけど、マロールで十分に稼いで来た。そしてこれから、稼ごうと思えばいくらでも稼げる。なんせ、前ループで国中のダンジョンを回ったんだもの。素材が欲しくて周回を繰り返すうち、僕のインベントリの中に眠るコインの額は、恐ろしいことになっていた。


 今回だって、欲しかったのはミスリル合金くらい。だけど作りたいスキルの魔道具は、もうほとんど作っちゃって、お金はこれから余る一方だ。使える所でじゃんじゃん使おう。


 その後は、美容院で髪を切り、食べ歩き、カフェで一服。図書館や本屋さんは立ち寄らなかった。多分彼も僕も、一旦入ったらいくらでも入り浸る性質だろうから。


 買ったものは全て寮に送ってもらい、手ぶらで移動したけれど、歩くだけで結構疲れた。でもリュカ様は、ちょっと頬を赤らめて蜂蜜ホットミルクをすすっている。


「お気に召しましたか」


「…うん」


 当初の突き放した印象とは裏腹に、この一週間で随分と子供らしい面を見せるようになった。真面目で良い子じゃないか。一体ラクール伯爵は何をやってるんだ。


「さあ、今日はもう帰りましょう。明日はもっと忙しくなりますので」


「明日も出かけるのか?」


 彼は驚いているが、当たり前だ。明日が本番なのだから。




 そして1月19日日曜日。僕らは朝一番に、冒険者ギルドを訪れていた。目的は当然、リュカ様の冒険者証を作成のためだ。


「後学のため、僕が引率して、ごく浅い層を見学する予定です」


「あらあら、マロール支部からはるばるようこそ。まあ、ラクール家のご子息?」


 彼はまだ12歳。正式な冒険者証は発行できないが、初級に限り入場出来る仮登録証を作成。学園にも実習ダンジョンはある。生徒が冒険者登録をしてダンジョンに侵入することは、特に禁じられていない。


 リュカ様は、一応自前のローブと短杖を持っている。そこそこの品質のものだ。しかし昨日こっそり付与エンチャントを掛けておいたので、その辺の店売りをはるかに凌ぐ出来となった。今回は、制服と違って冒険用の装備だ。遠慮はしない。


 付近の屋台で食べ物と飲み物を買って、背嚢はいのうに詰めて。初級ダンジョン行きの乗り合い馬車に乗り込んで、いざ出陣。




 ああ。こんなこと、前にもあったな。2周目にはカバネル先生を連れ出し、服装や外見にあれこれと口を出し、そしてダンジョンでパワーレベリング。毎回やることが同じだ。だけど、それで問題が解決するなら、いいじゃないか。マンネリ万歳。僕は、努めて平静を装いながら、初めてのダンジョンにワクワクを隠せないリュカ様を横目で眺めながら、短い馬車旅を楽しんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る