第68話 貴族学園に潜入

 翌日、王国歴359年1月13日月曜日。僕は早速リュカ様と共に馬車に乗せられ、王立貴族学園の門を潜った。


「行ってらっしゃいませ、リュカ様」


 彼は鷹揚おうように頷き、中等部棟に去って行く。僕は教務棟で編入試験。試験自体は、ペーパーテストに魔法実技。僕はマロールからの推薦状もあるし、なんせ2周目には「塔」の試験にもパスしている。簡単なものだった。


 その後は、簡単なオリエンテーション。僕の身分は基本、普通の学生と変わりない。僕は王都の豪商の子息や特待生の通う、高等部2年C組に配属となる。従者としての仕事は、授業の後。主人の寮室の控えの間で暮らし、掃除や身支度などの世話をする。家によっては、従者の他に侍女を付ける者、侍女だけを付ける者など、経済状況や方針によって、引き連れる人数や仕事も変わって来るが、リュカ様の場合は僕一人のようだから、僕が全て引き受けることになる。てか、寮室あるんだ。実家もあんなだし、もう寮で暮らした方がいいんじゃ?


 高等部棟、寮棟、食堂、ランドリー室など、ざっと簡単に説明を受けて、今日は無罪放免。学園も、今日から冬休み明けで忙しそうだ。リュカ様も半日授業のようだし、さっさとお暇しよう。


 それにしても、ラクール先生。僕を貴族学園とラクール伯爵に推薦してくれたのはいいけど、1月12日を指定されたから、その日に到着したのに。冬休み明けの前日じゃないか。だけどまあ、早く到着し過ぎても、ラクール邸のお邪魔だったかな。そしてご家族とリュカ様のあの雰囲気。下手したら、入学前にクビになってたかも知れない。わざとギリギリを狙ったのかも知れないな。


 中等部の昇降口までお迎えに上がると、リュカ様は浮かない顔をしていた。ポーカーフェイスを装ってはいるが、心なしか顔が青褪めている。周囲からは、「あらご機嫌よう」なんて声も掛かるけど、若干さげすみの色を感じなくもない。僕は努めて平静を装い、「さあ、参りましょう」と彼を促した。


 実家だけじゃなく、学園も、彼にとって針のむしろだなんて。小柄な彼の後ろ姿を見ながら、僕はそっとため息をついた。




 しかし彼には悪いが、僕としては、寮生活の方が都合がいいんだ。


「リュカ様。ご実家から通われるより、学園で寮生活をされた方が良いのではありませんか」


 僕は帰りの馬車の中で切り出した。俯いた彼の方が、びくりと跳ねる。


「リュカ様はいずれ、官吏を目指されると仰いました。しかし平民が社会に出て暮らすとなると、必ずしも使用人が雇用出来るほどの収入を得られるとは限りません。学園は、自立を促す場でもあります」


「分かっている!」


「昨日出会ったばかりの僕では、信頼ならないかも知れません。しかし、僕が必ずリュカ様をお守りします。駄目ならばまた、おやしきに戻られて、仕切り直せば良いことです。如何でしょうか」


 彼はしばらく思案したのち、「…執事に打診してみる」と呟いた。




 その夜、執事のロイクが部屋を訪ねて来て、「明日から学園の寮だ。リュカ様の世話に励むように」と言い渡された。後でロラさんが申し訳なさそうに、「忙しくて手が足りず申し訳ない。どうか坊っちゃまを」と告げに来た。昨日と今日で観察した限り、このやしきで彼と僕に好意的なのは、ロラさんと一部の使用人だけだ。厚化…お洒落なママンも、結局あの後リュカ様を訪ねたり、庇い立てする感じはなかった。


 しかし、希少な光と闇を除き、人口の4分の1は土属性のはず。心無い学生もいるだろうが、学園ならば、探せば味方も出来るのではないか。少なくとも、伯爵邸の中よりは勝算がありそうだ。そして、人から向けられる悪意は仕方ないにしろ、僕には彼を物理的に守る手立てもある。リュカ様の従者をするのは僕の仕事でもあるけど、土属性のよしみと、プライドもある。この機にちょっと、土属性の本気を見せてやらなければならない。


 そういえば、クララックでも家を建てたり道を舗装したりして、土属性が見直されるきっかけを作ったことがあったな。あれは翌年、360年の秋のことだ。一方、まだ今ループは半年も経ってない。良い調子で来ている。さあ、明日からやっとループの本丸、貴族学園だ。気を引き締めて行こう。

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