第67話 デモンストレーション

 茶器に茶菓子を持って部屋に戻って来たロラさんに断って、僕は渋るリュカ様にお願いして、中庭を案内してもらった。法衣貴族とあって、そんなに大きなおやしきではないけれど、流石は魔法省の名門。小ぶりながら魔法練習場がある。ちょうど、テニスコート半分くらいのミニチュア弓道場って感じか。的の後ろはしっかりした石壁になっていて、所々ガラス質になっている。火属性スキルで溶けたのかも知れない。


 ギャラリーは、ロラさんと、安全のために執事が一人。さっきのロイクっていう若手だ。それなりに魔導の心得があるっぽい。


「大地におわす豊穣の女神よ、捧げしマナと引き換えに我が願いを聞き入れ給え。小さき石よ、飛翔せよ、敵を打ち砕け、石礫ストーンバレット


 ドカカカカッ。今の僕だと、ストーンバレットでも結構な石の数、そして威力になる。次。


「大地におわす豊穣の女神よ、捧げしマナと引き換えに我が願いを聞き入れ給え。あまねく幾多の小さき石よ、飛翔せよ、敵を打ち砕け、ストーンブラスト」


 バラバラバラッ。無数の石礫が、横殴りの雨のように的に降りかかる。既にストーンバレットの時点で壊れかけていた的が、粉々になった。


「嘘だ…。ストーンバレットが、そんな…」


 リュカ様が呆然としている。それはそうだろう。彼は石礫ストーンバレットを習得しているが、彼のレベルとINTかしこさDEXきようさだと、石が一つ、ぽろりと飛び出すくらいのものだ。


「しかしリュカ様。土属性の真の強みは、これではありません」


 僕はスキルを変える度にこっそり杖状の魔道具を持ち替え、今度はロックウォールを披露した。レベル1の土壁マッドウォール、レベル2の煉瓦の壁ブリックウォール、そしてレベル3のロックウォール。土属性の最大の持ち味は、守備力だ。打たれ強く、負けない戦い。先に壁を築いてしまえば、他属性のスキルなど恐るるに足らず。


 そしてロマンはここからだ。


「大地におわす豊穣の女神よ、捧げしマナと引き換えに我が願いを聞き入れ給え。ささやかな庵をもて我らを護れ。トーチカ」


 足元の土がモリモリと盛り上がり、訓練場のど真ん中に、土壁で出来たかまくらが誕生した。


「まさか…!」


「魔導書ではご存じでも、実物をご覧になれば、また違った印象をお持ちになるでしょう?」


 そう。貴族学園出身の教諭たちは、みんなたかだかレベル5ほどの腕前だった。流石にラクール先生が本気の爆炎をぶつけたら、トーチカくらいだと吹き飛んでしまうかも知れないが、学生同士の争いには土壁マッドウォールでも十分なくらい。


 だがしかし、トーチカの視覚効果は侮れない。一瞬で家が出来てしまうのだ。僕はこの魅力にとりつかれて、1周目はひたすらレベルを上げた。こういうの、きっと刺さると思うんだよね。


「…これが、僕にも作れるというのか」


「現に今、僕が作りました。リュカ様は名門ラクールの寵児。必ずや、立派な砦を築かれることでしょう」


 うん。ラクール一家じゃなくても、レベル上げたら出来るようになるけどね。僕は杖をもう一振りして、トーチカを解除しておいた。かまくらはバラバラッと崩れ去り、逆再生のように元の地面へと戻って行く。リュカ様の後ろでは、ロラさんとロイクさんが半口を開けていたが、ロイクさんは「こうしてはいられない」と小声で呟いて、邸内に戻って行ってしまった。そういえば、的を壊したままだったな。ロックウォールの形をいじって、岩石製の的を作っておいた。




 さて、今日から僕もこのおやしきに住まわせて頂くわけだけど、ご飯とかお風呂とかどうしたらいいんだろう。お手洗いの場所すら知らない。まあ、放置されたらされたで、こっそり抜け出して、どこかの空き地に狭小住宅でも建てて、そこで全部賄えばいいんだけど。いかに平民の従者候補とはいえ、ちょっと待遇悪過ぎない?僕は長旅で疲れた体を粗末なベッドに横たえ、ちょっと悶々としていた。


 しかし。


「アレクシさん。坊ちゃんが晩餐をご一緒にとのことで」


 一転、僕は主人の晩餐に招かれることになってしまった。それはそれで面倒臭い。


 部屋着に着替えていなくてよかった。僕はさっと身なりを整えて、ロラさんの後をついて行った。一階にはセンスの良いダイニングがあり、お誕生日席には魔導伯、隣には夫人が鎮座していた。


 そこに入場したのはリュカ様。開口一番、


「父上。僕は明日、学園へ参ります」


 彼は両親に向かって、言い放った。


「まあっ、リュカちゃん!ようやく行く気になったのね!」


 青髪を結いあげた化粧の濃…オシャレに余年のないご婦人が、ハンカチで口元を隠しながら大袈裟に言い放つ。しかし隣の魔道伯は


「ふん。好きにしろ」


 とけんもほろろだ。これ、本当にパパなのか。そして、


「…お前がリュシアンの寄越した平民か。まあ精々励め」


 そう言い放つと、手を振り払う仕草をした。シッシッ、てやつだ。夫人は「まあアナタ」とか言ってたけど、それを見てリュカ様が「では」ときびすを返すので、僕もそれに従った。


 訳も分からずリュカ様に付いて行くと、彼の部屋には夕食が用意してあった。


「食べるといい」


 僕はリュシアン様とさし向かいで、黙々と夕食を頂いた。ダイニングに並んでいたのと同じ、立派なご飯なのに味がしない。


「気にするな。うちはいつもこうだ」


「はぁ…」


 何だかとんでもないお家に来てしまった。マロールのラクール先生は、ちょっと押しが強くて困るけど、割と情熱的な気のいい人だった。まさかお兄さん夫婦と甥御さん、ご実家がこんな感じだとは。


 しかし、貴族界の土属性に対する風当たりが、こんなに強いとは。カバネル先生も冷飯喰らいだったし、後任の先生も生活に困窮していたようだった。土属性は不人気だな、なんてボヤいてた庶民の比じゃない。よしここは、学園潜入に利用させてもらうよしみだ。買ってやろう、土属性に対する喧嘩をな。


 目の前で、冷えたスープを上品に口に運ぶリュカ様を見ながら、僕は密かに闘志を燃やした。

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