第66話 ラクール伯爵邸

 使用人に連れられ、僕はやしきのバックヤードというか、執事長のオフィスに通された。


「ふむ。紹介状は本物のようだな。ではロイク」


「かしこまりました」


 僕は一言も発しないまま、使用人こと若手の執事ロイクに連れられ、屋根裏部屋に通された。


「あー、アレクシと言ったか。今日からここがお前の部屋だ。後ほどリュカ様と対面、学園の編入試験は明日だ」


 あのっ、と声を掛ける間もなく、ロイクは出て行った。どうしろと。




 とりあえず僕は、埃まみれの部屋の掃除から取り掛かった。掃除といっても、全てインベントリに収納するだけだ。埃から何から綺麗に収めて、そして再び1つ1つ取り出して行く。そして家具や寝具を一通り取り出した後は、エリアクレンズの魔道具で浄化。もちろん、ちゃんと水拭きして掃除した後の爽快感には及ばないけど、とりあえずはこれで良し。そして、一応礼服を着て来たけども、念の為に新しいものへと着替え。髪も整えて小ざっぱりと。そうこうしているうちに、中年のメイドさんがやって来た。


「今日から来る使用人ってお前かい?おや…」


 慌ただしく入って来たものの、部屋も僕も小綺麗にしているのを見て、少し驚いたようだ。


「お初にお目にかかります。ラクール教諭のご紹介で参りました、アレクシと申します」


 使用人にも礼儀正しく。商人の鉄則だ。誰が商談相手のキーマンか、身なりや身分だけでは分からない。誰に対しても礼を持って接して、損をすることはない。相手が非礼だと分かれば、それから対応を決めればいいことだ。


「ま、まあこれはご丁寧に。では坊ちゃんのお部屋に案内します」


 お、態度が変わった。彼女はまだこちらが丁寧に接するに値しそうだ。とりあえず、後を追う。


「坊っちゃんは多少気難しいお方ですが、悪い方ではありません。粗相のないように」


 彼女はそれだけ告げると、二階の端のドアをノックした。


「…誰も入るなと言った」


 中から少年の声がする。


「坊っちゃま。リュシアン様から派遣された新しい従者です。どうか一度お目通りを」


 従者って言ったな。まあ、そんなとこだろうと思ってたけど。


「…仕方ない。入れ」




 中では、小柄な少年がデスクに向かって本を読んでいた。彼はこちらを振り返りもしない。


「名前は」


「アレクシと申します」


「僕はリュカ。一応お前のあるじってことになってるけど、僕はもう学園に行かないから。お前も次の職を探して、出て行ってくれ。紹介状が必要なら執事長に書かせる」


 …は?


 初めましての雇い主は、まさかの不登校。はるばるマロールから王都にやって来て、いきなり失職の危機。しかもまだ、僕は学園に潜入すらしていない。どうする僕。しかし、


「坊っちゃま。お二人で積もる話もございましょう。お茶をご用意して参りますね」


 そう言って、メイドさんは出て行ってしまった。


 無言。非常に気まずい。しかしこういう場合、目下から話しかけるのはマナー違反だ。


「…はぁ。話すことなど何もないと言うのに、ロラめ」


 彼は観念したかのように本を閉じ、僕にソファを勧めた。


「リュシアン叔父様から紹介されたのだったな。残念だが、僕はもう学園に通うつもりはないんだ。だから従者も必要ない」


「失礼ですが、理由を伺っても?」


「…僕が土属性だからだ!」


 彼は吐き捨てるように言った。え?土属性ってそんなダメなの?


「あのっ、恐れながら、僕も土属性ですが…」


「ふん。平民のお前には分かるまい。貴族学園では、土属性がどんな目で見られるか。学園だけではない。父も、母も、兄も、姉も。出来損ないの土属性を、皆腫れ物のように扱う」


「はぁ」


「どうせ僕は、兄が家督を継げば平民だ。土属性など「塔」には入れぬ。ならば、文官なりを目指すしかなかろう。そして学問ならば、やしきでも修めることが出来る」


「えっと、学びに行くだけなら学園でも…」


「春には模擬戦があるんだ!」


 彼は声を荒げた。模擬戦か。そりゃ確かに土属性は不利だけど。土属性といえば、皆魔法スキルに期待せずに、物理で行く者が多い。しかしリュカ様は、ラクール魔導伯のお子さん。ひょろっひょろだ。鑑定すると、カバネル先生と同じ超後衛型。しかもまだレベル1。ひょっとすると、ピルバグにすら負けるんじゃないかっていう貧弱さ。


 だけど土属性は、大器晩成。ロックウォールは途中から一瞬で家が建てられるし、ゴーレムだって超便利。石礫ストーンバレットも、序盤は威力のわりにMPを食ったり当たりにくかったりして微妙なんだけど、Lv10まで上げ切ると、レールガンまで進化する。しかも何が強みかって、石礫ストーンバレットは土属性の上に物理属性も持っていること。だから、優勢属性のファイアウォールで防いでも、石は貫通してダメージを通す。減衰率が他の属性に比べて低いのだ。


「あの、リュカ様。土属性って、本当に出来損ないだと思われますか?」


「…何だ、今更」


「よろしければ、僕のスキルをご覧頂きたいのですが」


 正確には、スキルじゃなくて魔道具だけどね。よーし、お兄ちゃんがいっちょ、土属性の本気を見せてやる。

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