第64話 卒業へのロードマップ

 さて、兄の娼館通い問題は、ひとまず解決?した。後は、僕の飛び級卒業問題だ。これは、前回のループで要領は分かっている。定期考査のついでに、残りの過程のテストも受けさせてもらって、合格点を得られれば、修了認定がもらえるという仕組みだ。まずは担任に話を通しても良かったんだけど、やっぱりどうしても放置できない。僕は再び農業研究会の門を叩き、カバネル研究室を訪ねた。


「君はアペール商会の。農業に興味があったのかい?」


「僕は土属性ですし、実家でも穀物の取り扱いはありますので、出来れば見学させて頂きたく」


 このやりとりも4回目。もはや恒例行事だ。




 そしてもう、まどろっこしい話はなし。


「実は隊商の方から聞いたんですが」


 僕は例の如く、全部ハイモさんのせいにして、前回のループで得た知識を披露した。


「つまり君は、救荒作物から、ドワーフの火酒と同様のものが作れると」


「これが公になれば騒ぎになりますので、出来れば先生の研究室と、ご実家のクララック領だけで、内密に事を進めて頂けましたらと」


「でも君は、どうして僕にそれを」


「先生は救荒作物の権威でいらっしゃいます。うちは農家とパイプがなく、情報を仕入れても、それを商機に変える力がありません。これは商談です。僕はこうして先生に研究を依頼して、見返りはクララックからの優先的なお品物の融通ということで」


「ううむ…しかしアレクシ君。急にそんなことを言われても」


 カバネル先生、気は優しくていい人なんだけど、ちょっと優柔不断なとこあるよね。だけどそれは、押しに弱いということでもある。畳みかけよう。


「論より証拠。ここに実験道具をお持ちしました。まずはその、火酒を作るプロセスをご覧ください」


 僕は彼の目の前で、ワインの蒸留を披露した。ホットワインヴァンショーを作れば、酒精は抜けてしまう。その酒精を、こんなに簡単に集められると知って、彼は興奮している。


「これは凄いことだよ、アレクシ君!」


 よしよし。理系男子には、こういうオモチャが刺さるよね。


「救荒作物をビールのように醸造すると、酸味が強くて美味しくないと聞きます。しかしこうして酒精だけを取り出せば、お酒として十分な商品価値が生まれます。お酒が作れるとなれば、皆さんこぞって救荒作物を育てようとなさるでしょう」


「なるほど!」


 実際そうなったしね。


「しかしその研究を本格的になさるとすれば、マロールの研究室よりもご実家に戻られた方が良い気がするんですが」


「ま、また急にそんなことを言われても…」


「そこでご相談なんですが」


 僕はここでやっと、飛び級卒業したいことを先生に打ち明けた。前回、彼は僕の卒業に親切に助力してくれたし、また彼は彼で後任を見つけたり引き継ぎをしたりして、忙しそうだった。彼の退職と人事の問題で、僕の飛び級卒業は目立たなかったというか、目眩しになったというか。今回も僕は、それを狙った。


 僕の目論見は、上手く行った。彼は僕のために親切に立ち回ってくれたし、また彼の後任問題もスムーズに進んだ。なんせ、僕はその後任として教師になる人物を知っていたからだ。彼は先生の後輩で、王都で家庭教師をして糊口ここうしのいでいた。教師のポストを打診する書状を送ったところ、彼は返事の代わりに、即座にマロールへやって来た。引き継ぎはスムーズに進んだ。


 そしてそれは、スムーズに進み過ぎた。あまりに簡単に事が運んでしまったので、僕の飛び級志願は瞬く間に職員室に知れ渡った。いや、前回も確かに、カバネル先生と担任教師から志願書が提出され、稟議の末に学園長の承認を得て、卒検に及んだんだ。だけど、カバネル先生のてんやわんやでドサクサに紛れて卒業した前回と違い、「おう!お前、飛び級志願なんだってな!」と、事あるごとにいろんな先生から声を掛けられる。


 確かに時期も良くなかった。これまでずっと平凡オブ平凡だった僕が、いきなり学年トップを取ったのは、2年の12月の中間考査。それまでは本当に、中の中だったんだ。前回は、トップを取ってからの飛び級だったから、「まあコイツなら卒業できるかな」って感じだったけど、今の僕が飛び級なんて、身の程知らずにも程がある。先生はみんなそう思ってるし、先生から漏れ伝わった学生たちからも、同じ目で見られている。ああ、このたまれなさ。だけど、モタモタしてたらどんどん時間が過ぎてしまう。




 身の程知らずだと思われたのは、実家も同じ。両親は飛び級試験に難色を示し、僕はそちらの説得も頑張らなければならなかった。


「だが何もいきなり急に」


「実は、土属性のカバネル先生が、ご実家で酒造業の研究に着手されるという情報を得ました。僕はその販路を確保するために、学園を出て動きたいと思います」


「…その話を詳しく」


 商人の父の目が、ギラリと光った。彼は、商売の利になると判断すれば、必ず釣れると思った。今度はカバネル先生を情報源として、彼が火酒に近いものを極秘裏に研究していると打ち明ける。


「先生には話を付けてあります。必ず商機に結び付きます。僕は一足先に王都に入って、その時流に乗り遅れないように、この話に噛んでみたいと」


「勝算はあるんだろうな」


「飛び級試験でしたら、それなりに備えて来ました。新しい火酒についても励みます」


「よし。頑張って来い」


「ちょっとあなた!」


 しかし父親がこうと言えば、彼女はそれ以上は強く言わない。よし、これで王都への切符、ゲットだぜ!




 そして説得したい人物が、もう一人。


「兄さん」


「…何だ」


 あれから兄は、腑が抜けたようになっている。ローズちゃんが急に娼館を辞めたから、というよりは、彼女に掛けられていた魅了から醒めたせいかも知れない。しかし、ここが畳み掛け時。


「兄さんも、王都に行かない?」


「いや、だってお前」


 息子が二人とも商会から出られるわけがない。彼はそう思っている。だけど、父も母も健在。僕らはすぐに商会の屋台骨を引き継がなくてもいいのだ。


「僕たち兄弟で、王都で一旗上げたら、父さんたちも喜ぶと思わない?」


 兄はゴクリと息を呑んだ。

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