第60話 早速鑑定スキル獲得へ

 さて、カミーユ先輩とクララックは置いておいて。とにかく僕は、一刻も早く王都を目指さなければならない。この学園に卒業までちんたら在籍していたら、3年のうち2年も消費してしまう。冬休みを待つ必要なんかない。ダンジョンにも行きたいが、ちょっと予定を変更して、鑑定スキルを先に取ってしまおう。


 10月12日土曜日、実家に帰って倉庫整理を手伝うことにする。両親は、僕の急な申し出に驚いていたが、「いずれ商会を手伝うために」と言うと、大層喜んでいた。なんか騙してるみたいで、チクリと罪悪感を感じる。両親の後ろで、兄は面白くなさそうだ。だけど彼こそ、鑑定スキルを取ればいいのに。


 でも僕は知っている。何故彼が、こんなに僕に辛く当たるようになったのか。彼は昔から、冒険者になりたかったのだ。小さい頃から冒険譚の絵本を繰り返し読んで、いかに強い戦士になりたいか、弟の僕に熱心に語っていたものだ。「俺が守ってやるからな!」なんて兄貴らしいところもあった。


 だけど現実は甘くなかった。彼は商会の嫡男、夢を見ていいのは初等部まで。中等部に上がると、「そんな世迷言を言っていないで、後継としての自覚を持て」なんて言われて、反抗期と相俟あいまって、彼は一気にグレてしまった。前世の記憶を思い出した僕としては、親父の気持ちも分かるし、兄の気持ちも分かる。だけどアレクシとしての僕は、両親との関係が悪くなり、僕に冷たくなった兄に対して、複雑な気持ちを抱いている。


 だからつい、言ってしまった。


「兄さんも手伝って。僕に色々教えてよ」


 しかし兄は、「勝手にやれ」と舌打ちして出て行ってしまった。やれやれ。




 彼の素行が悪くなったのは、学友のせいもある。中学から寮に入った彼は、両親に反抗を始めるのと同時に、あまり良くない友達とつるむようになった。彼は僕と同じく、経済研究会に在籍していたが、彼の代にはグレーな商会の子息がいて、悪い遊びを覚えてしまった。


 人間って、周囲の交友関係によって、簡単に染まってしまうものだ。僕も記憶を取り戻すまでは、経済研究会のみんなでカフェで駄弁だべるのが、ごく当たり前だと思っていた。だけど今思い返せば、勘定を押し付け合って毎日カフェ三昧とか、日本人の感覚からすると、ちょっと異常だった。あそこは商業ギルドの縮図、僕らは単に大人の真似事をしていたに過ぎないが、そこに良くない遊びを持ち込む者がいれば、誰だって嵌まってしまう可能性がある。世間知らずの無防備な子供なら尚更だ。


 母が咎めるのも聞き入れず、兄は夜な夜な遊びに出かけているようだ。父は「大人の男なんだから放っておけ」と言っているが、本当にしたくてしているのでなければ、本人にとっても不幸なことだ。お節介とは思いながらも、僕はそっと部屋を抜け出し、彼の後を尾行した。


 彼はどんどん歓楽街に向けて歩いて行く。夜ともなると、酔っ払いや客引きが多くて、治安の悪さは昼間と比べ物にならない。ブーツを買うのを待てなくて、いつもの革靴に秋津Maxを付与したのが役に立った。僕は屋根の上をふわふわと飛びながら、彼の姿を追う。


 のちに王都で使おうと思っていた集音サウンドコレクションの魔道具を、先に作っておいて良かった。しかし隠蔽いんぺい付与の素材は、今の段階では入手困難。今のところは、遠くから見守るしかない。僕は兄が入って行った建物の屋根の上から、そっと内部へ聞き耳を立てた。


「よう、オーリ。今日もシケたツラしてんな」


「…うるせぇよ。おい、いつもの」


「あいよ」


 ここは酒場。「いつもの」が通じるほど入り浸っているらしい。柄の悪そうな若者に囲まれ、彼の声も口調もすっかり溶け込んでいる。だけど、楽しそうな様子ではない。何と言えばいいのか。そう、前世のサラリーマンが、会社帰りに同僚と愚痴を言いながら飲んでる感じだ。これはいかんな。幸せな酒じゃない。


「んで、ローズとはどうよ」


「どうって、何も?」


「何スカしちゃってんの。こないだも良さげなネックレス貢いでたろ」


「あれはたまたま、それっぽいのがあって」


「あーあ。こんなところでシケてないで、指名入れたらどうよ?」


「うっさいな」


「ま、赤い鳥亭ロワゾー・ルージュの売れっ子を毎日指名とか、お大尽だいじんでもスッテンテンだわな」


 赤い鳥亭ロワゾー・ルージュのローズちゃんね。メモメモ。兄はその夜、友達としばらく飲んで、帰宅した。




 翌日、10月13日の日曜日。僕はせっせと倉庫を整理しながら考えた。まず彼は、この家を継ぐことがそんなに好きじゃないみたい。そして友達と飲むのも、大して楽しそうじゃなかった。一方、ローズちゃんってお姉さんのことはどうなんだろう。彼女と一緒になりたいんだろうか。だけど、娼館のお姉さんの水揚げって大金が必要だし、して売れっ子なら尚更だ。そしてよしんば水揚げしたとして、アペール商会の奥様に据えるわけには行かないだろう。うん。前途多難だ。


 僕が介入するのは余計なお節介だとは思うんだけど、両親や彼を残して自分は好き勝手するっていうの、これまでちょっと罪悪感はあったんだよね。僕としては「しょうがないじゃん」と思うんだけど、アレクシとして生きてきた自分が「どうにかしてあげたい」って言ってる。まあ、僕に何が出来るか分からないけど、情報収集だけやってみるか。どうせ王都で同じようなことをするんだ。予行演習ってことでいいだろう。


 土日だけで1,000アイテムの精査鑑定は厳しい。適当なところで切り上げて、僕は武器屋と防具屋へ向かった。入り口にギルド職員が配置されたダンジョンに、普段着で潜入したら目立つ。先週思い知った。僕は適当に、ナイフと革鎧とマントを購入。親父さんたちには、「なんか友達が持っててカッコよかったから」と言い訳しておいた。

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