第58話 不倫疑惑

 その後の僕は、どこか全て上の空のまま。ウルリカのお子さんとお孫さんはそのまま工房に居ついて、三人できゃっきゃと研究している。


「すごいですわ、濃縮付与だなんて♪」


「ちょっと待って。これ全部集めたの?マジで?」


 次女のリアさんにお孫さんのオーダさん。お二人とも学者肌だ。それもそのはず。


「オレク・オブロフスキーですって?!」


 そう。人間の魔道学の祖といえば、この人って感じの大家たいか。伝説の魔導士、オブロフスキー師が、ウルリカのご主人だった。こっちではオルドリシュカ師で通ってたからうっかりしてたけど、オルドリシュカ・オブロフスカーって名前から気付くべきだった。え、まだ里でご存命なの?!


彼奴あやつが人間におだてられて、秘術をホイホイ漏らしてしまうもんじゃから、わしが見張りに寄越されたのよ」


 ウルリカが里を出た経緯いきさつも衝撃だった。そもそも結婚制度も人族に比べて緩く、一夫一婦制でもなければ誰かと終生つがうという習わしもないらしい。人口が少なく寿命も長い分、みんな親戚みたいな感じで、恋愛感情とかそういう雰囲気も皆無だとか。まあ中には、仲睦まじくずっとラブラブしているカップルも、ゼロではないらしいが。


 でもだからって、ご主人がいるのに、仮婚約だなんて。


「そっ、そそっ…不倫ッ?!」


「じゃから!ほんに人間は頭が固いのう」


 ウルリカはため息をついている。


「あらぁ♪種族を超えたラブ、わたくし素敵だと思いますわぁ♪」


「じっちゃんも「良かったね」っつってたよ」


 自由リベルテ!僕はエルフを舐めていた。




 クララックで暮らす手前、僕らがずっと仮婚約のままだと都合が悪い。周りからは既に、「いつ結婚するの」って目で見られてるし、いつまでも仮のままだと、また別の縁談を持って来られそうだ。僕もウルリカも、クララックから移住しても構わないし、仮の結婚という形を結んでもいい。別に僕だって、ウルリカの他に気になる女の子がいるわけでもないし。しかしとりあえず、いずれにしろ里に一度顔を出さなければならないね、という話になった。


「これだけの研究、内密にするにしても、部分的に開示するにしても、里の知恵を借りたほうがいいですわ」


「じゃろうのう」


「なあ婆ちゃん。アレクシんとこの実家にも、顔を出さなくていいの?」


 ああ、そっちもか。何だか全く実感が湧かないまま、周りだけが動いて行く感じだ。


「まあいずれにせよ、このブーツがあれば一っ飛びじゃ。お主らも一狩りして、作ってみればええじゃろ」


 ウルリカの提案で、彼女らはしばらくクララックに留まり、秋津Maxを作ることにしたようだ。そして、エルフの里へ赴くのは、次の冬と決まった。


 ———秋にはもう3年目を迎えてしまうが、僕は彼女らにそれを告げられなかった。




 彼女らはクララックでの生活を満喫していた。


「見てくださいアレクシ♪こちらのシャツ、防刃耐火耐氷の防汚不壊ですわよ♪」


 リアがとんでもない衣類を量産している。彼女は裁縫が得意だが、人間の裁縫とは訳が違って、魔力糸にエンチャントを施してから織り上げて作る、衣類状の防具のことだ。普通ならケンカし合う属性や付与効果同士も、特殊な技法で聖句を織り交ぜることで、見事に調和させてしまう。


「こっち。牙と牙を合成して、追尾付けた」


 オーダは、素材の持つ効能と聖句との関係を究める専門家だ。僕みたいに、ただ同じもの同士をくっつけてパワーアップするんじゃなくて、組み合わせで化学反応を起こすタイプの。組み合わせについては、ウルリカが何百年も蓄積してきたノウハウがあるんだけど、それらがどの聖句と同じ機能を発揮するかをまとめ上げ、魔道具と同じことを付与エンチャントでやっちゃおうという取り組み。


 更に、僕が作った魔道具に彼女の付与を組み合わせると、実質新しいスキルが出来てしまう。今回彼女が作ったのは、ホーミング機能付きの爆炎だ。これで、使用者のDEXきようさを参照して命中率を上げなくても、問題なく全弾敵に刺さるというとんでもない性能に変わる。


 彼女らと一緒に錬金術を楽しむことで、ウルリカも僕もとても刺激を受けている。一年前、初めて彼女に出会って、夢中で付与を試していた時みたいだ。ああ、楽しいな。こんな時間が、ずっと続けばいいのに。




 ある日、ウルリカから久しぶりに、二人で狩りに出掛けないかと相談を受けた。後の二人も一緒にと思ったけど、二人は「おデート楽しんでいらして♪」と僕らを送り出した。ウルリカの目的地は、砂漠。僕は依然、この国の王都を中心に情報収集を行なっていて、あまり国外に出たことはない。ほんの一つ山脈を超えて、西側の隣国には砂漠があった。ハイモさん、こんなところを超えて行商に来てたんだ。僕の知る世界は、まだまだ狭い。


「これじゃ。満月の夜、砂漠にしか咲かぬ花。砂漠の薔薇ヴュステンローゼじゃ」


 砂漠の薔薇は、僕の知っている鉱物とも植物とも違った。月光が結晶した、希少な魔力鉱石。上空から見ると、キラキラとした鉱石が砂漠のあちこちで輝いて、まるで地上も星空のようだ。僕らはひときわ大きな輝きを目指して着陸した。ここは魔素が豊富な場所のようだ。薔薇という名前なのに、ハスの花のような大きな結晶を、そっと手で掬い上げる。


 そこでウルリカは、僕にハッピーバースデーを歌った。去年の誕生日は、子爵邸で会食を設け、みんなと一緒にお祝いしてくれたんだけど。


「今年はこれから、忙しくなりそうじゃしな」


 いつものように、ちょっとイタズラっぽい笑顔を向けた後、「さ、何をボサッとしておる!採集じゃ!」と砂の上を駆けて行ってしまった。




 翌日、リアとオーダには、肘でつっ突かれて冷やかされた。だけど僕らが大量の砂漠の薔薇を持ち帰ったため、「本当に採集に行って来たんですの?!」と呆れられた。それから彼女らは、採集した鉱石で我先にと研究を始めた。僕はそれを見ながら、いつもの通り旅支度をして、工房を飛び立った。


 ごめんよ、ウルリカ。もうすぐ9月が終わってしまう。僕のインベントリには、宝石質の魔石が眠ったまま。


「気を付けてな」


 彼女の言葉を反芻しながら、僕はひたすら飛んだ。行く当てもなく、ただ世界の果てを目指して。


 どのくらい飛んだろうか。眼下に街の明かりを見下ろしながら、下弦の月が海に反射して、もう一つの月みたいだな、なんて思ってたんだ。しかしその光が急に膨張し、世界を飲み込むように輝いたかと思うと———




 王国歴358年、10月1日火曜日。世界はまた、巻き戻った。

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