第56話 救荒作物とお酒、その後

 巡り巡って季節は春。カバネル先生の結婚式からちょうど1年。あれから僕は、あちこちを飛び歩いて、ほとんどクララックに居なかった。ウルリカはほとんど工房に籠もりきり、時折僕と一緒にダンジョンアタックや採取に出掛ける程度。仮の婚約者とはいえ、出張の多いリーマンとお隣さん、といった感じだ。ただし、クララックに帰るたびに大掃除するのは僕の役目だけど。




 去年の夏、南部が不作となったけど、これまでのストーリーと大きく違ったのは、クララックが酒造りに精を出し、それをシャルロワ家と共に大々的に売り出したため、王国中で救荒作物ブームが起きたこと。結果、不作の影響はごくごく小さくて済んだ。なお、蒸留については特別秘匿することもなく、追々普及していくだろうとのこと。隠そうにも、既に醸造所や蒸溜所は結構な規模で稼働している。間者など放たれては、防ぎようがない。カバネルさんもシャルロワさんも、積極的に広めるつもりはないが、見学したければどうぞ、というスタンスを貫いている。


 それよりも、ブランディングだ。シャルロワ侯爵は、その辺を弁えている。


 元々カバネル先生のお母さんが第四夫人として嫁いだのは、クララックが飢饉と呼べるほどの不作に陥ったからだ。しかしいかに寄り親とはいえ、付近一体が不作の中、クララックだけを救援するわけには行かない。そのため、カバネル家の長女が急遽輿入れ。妻の実家を支援するという名目で、クララックは救われたという。


 実際は、美人と評判の母上を、シャルロワ侯爵が年甲斐もなく求めたと言われている。嫁さん三人いるのに、まだ欲しいのかよって、そりゃあ色々言われたらしい。そこに生まれたのが土属性の男子、しかも七男。貴族の中でも土属性は不人気だし、下手に頭角を現されてもお家騒動に発展する。というわけで、カバネル先生は、母方の実家に丸投げされたわけだけど。


 クララックを救ったシャルロワ侯爵と、クララックのためにシャルロワに嫁いだ母。そしてその息子はクララックに根付き、酒造業を立ち上げ、有能な研究者として、また若き実業家として、クララックを盛り立てた。その彼が世に送り出したのが、クララック酒オー・ド・クララック


 自分達の過去の不評を、救荒作物の普及と蒸留酒のプロモーションに被せ、この機に全部美談にしやがった。あのイケオジ、恐るべし。


 というわけで、救荒作物を使ったレシピ共々、現在王都ではクララックブームが起きている。他者に普及する中で、先行アドバンテージは減少していくだろうが、「クララックと言えば蒸留酒」というイメージ付けは非常に大事だ。この辺り、シャルロワ侯爵の戦略は正しいと言える。




 思考が逸れてしまったが、駆け足の一年。カバネル先生の結婚記念日にお呼ばれするため、僕はクララックに戻っていた。パーティーには、ウルリカも出席することになっている。その前夜。このタイミングで、彼女に内緒でコツコツ作り上げた宝石質の魔石。これをバースデープレゼントにしようと思う。


 ちょっといつもよりお洒落して、髪型も整えて。魔石はジュエリーボックスに詰め、丁寧に包んでリボンを掛けた。よし。


 ———しかし、工房の玄関に降り立つと、中から話し声がする。


「開いておるぞ」


 ノッカーを鳴らすと中から返答があり、僕はそっとドアを開けた。すると、


「まあ!あなたがアレクシさんですのね?」


 ウルリカが3人いた。何故。

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