第46話 クララック酒造プロジェクト

 その後、子爵から直々の命令で、救荒作物は大々的に作付けされることとなった。実験農場にあったもの、収穫されて保管されていたものはことごとく分配され、空いた農地にどんどん植えられた。


「この冬畳み掛けるぞ、アレクシ君」


 子爵が意気揚々と僕の肩を叩いた。いや、確かに王都で救荒作物のプロモーションをお願いしましたけど…あれ?いつの間にお酒の宣伝に?


 一方、カバネル先生は寝る間も惜しんでお酒造りの実験をしている。


「やあ、アレクシ君…せっかくこちらに来てくれたのに、忙しくなってごめんね…」


「先生寝て下さいって」


「いや、僕はこれからカロルの夫としてクララックを盛り立てて行かないとね…」


 彼女を待たせた分、何か功績が欲しいみたいだ。分かるけどさ。彼はいくつかの条件で糖化と発酵実験を進めているが、鑑定を掛けると、順調に行きそうなパターンとそうでないパターンが見えてくる。


「これとこれ、いい感じに見えますけど、どうですかね」


「うん…やっぱりか…じゃあこの方向…で」


 彼はそのまま机に突っ伏してしまった。僕は彼の研究ノートにメモを添えて、ぐったりした彼を仮眠用のベッドに運んだ。




「あらあ、アレクシさん!ごきげんよう!」


 もう一方、作物の育成と蒸留機の発注担当なのが、準男爵家。とはいえ、種芋やソバの種は配ってしまったし、蒸留機は金物工房の試作品待ちだ。待ってる間に、カバネル先生が作った試作品の原酒を、実験道具で片っ端から蒸留して、試飲を繰り返しているらしい。しかし試飲というよりも酒盛り…蒸留しただけのエタノールというかウォッカというか、それをストレートでキュッキュ干している。


「あのっ、蒸留酒ばっか飲まれると悪酔いされますから、果汁で割ったりチェイサーを」


「何をおっしゃいます!このカーッと来るのがたまらないんですわおほほほ!さあアレクシさんも駆けつけ三杯」


 最悪だ。笑い上戸に絡み酒。てか駆けつけ三杯って習慣、こっちにもあるの?!


「これ、カロル。すまんね、アレクシ君。娘はどうも酒が入るとだな」


「いえいえ、あはは」


 慣れてます。そして酒が入らなくても、バトルジャンキーだけで十分お腹いっぱいです。


「クレマンが君を推して連れ帰った時は、正直どうしようかと思ったのだ。カロルはクレマンを諦められず、ずっと土いじりばかりしよって、それを教え子が手助けしてくれるとか何とか。しかし君のお陰で、やっと娘はクレマンと身を固めることになったばかりか、クララック発展の大きな波を呼び寄せてくれた」


「いや、僕はそんな」


「というわけでアレクシ君。うちの姪に、可愛いのがいるんだが。どうかね」


「へ?」


 彼は僕に、一枚の絵姿を差し出した。聞けば御歳8歳の淑女だそうだ。「よくよく考えてくれたまえ」ということで放逐されたが、これは実質命令なのでは。




「…というわけなんですよ…」


 僕は師匠の工房で、肩を落としながらエーテル作りに勤しんでいた。何かに没頭していないと、気分が沈んで仕方ない。僕はただ好意から、カバネル先生の研究を手伝って、少しでも功績を積んであげたかっただけなのに。クララック領で錬金術に出会えたのは予想外のラッキーだったけど、知らない間に政略結婚させられそうになっている。どうしてこうなった。


「まあ、仕方あるまいの。お主は金の成る木じゃ。カバネル家とて、何が何でも手放したくなかろ」


「はぁ…。貴族の末席に置いてもらうとなると肩身が狭いですし、相手のお嬢さんも9つも年上の平民に縁談を決められちゃ、可哀想ですよ…」


「普通、貴族に縁付くことは喜ぶもんじゃがな。そんなに嫌なら、わしの婚約者とでも名乗るかえ?」


「えっ」


 ドキン。何それ。ちょっとトゥンクしちゃった。


 実は彼女も、カバネル家から時折縁談を持って来られるらしい。師匠は森人エルフ、もともとここの人じゃない。だけど、カバネルさんやクララック領の人にとっては、是非ともここに留まって欲しい人材だ。誰かと縁付けば、永住してくれる可能性が高い。


「彼らの気持ちも分かるが、儂も難儀していてなぁ。どうじゃ、縁談避けということで」


「あ、はい、…是非」


 うん。何とも思われていないことは分かってたよ。だけど、縁談避けの仮初かりそめの婚約なんて、ちょっとラノベっぽいなって思ってしまった、二次元脳の前世を持つ、僕なのだった。

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