第45話 救荒作物その後

 さて、付与術エンチャントの実験も軌道に乗っているが、救荒作物のことも放っておけない。来年の今頃には、南部が不作で国内が多少ゴタつくことになる。


 サツマイモは、5月〜6月に植えて10〜11月頃に収穫。


 ソバは、夏ソバが4〜6月に蒔いて7〜8月頃収穫、秋ソバが8月に蒔いて11月頃収穫。


 ジャガイモは、春植えが2月〜3月の5〜6月頃収穫、秋植えが8月〜9月の10〜11月頃収穫。


 いずれも、僕らが帰省前にはカロルさんが頑張って栽培してくれていたけど、所詮実験農場の産物。これらを農民の方々に一気に栽培してもらうのと同時に、もうそろそろ王都でプロモーションを掛けなければならない。秋冬は社交シーズン、ここは子爵に頑張って頂かねば。


「しかし、全てが豊作になれば、余ってしまうのではないのかね」


 農業に夢中な娘と婿が心配なカバネル弟こと準男爵は、少し渋い顔をしている。分かるよ。普通の人は、来年のイベントなんて知らないもんね。領民が食って行くだけの麦も十分収穫されているし、秋は葡萄の収穫に忙しい。しかし、


「余った分はお酒に加工してもいいと思います」


「「「酒だって?!」」」




 とはいえ、僕だってお酒の作り方までは、よく知らない。一回、ビール工場を見学に行ったんだけどなぁ。


麦酒ビエールと同じように、糖化して発酵させて作ると思います。後は蒸留して熟成、だったかと」


「蒸留、とは?」


 あ、そっか。この世界、蒸留ってまだ一般的じゃなかったんだっけ。僕はざっくりと蒸留について説明した。


「なるほど、物質によって沸点が異なる。それを分離する技術があるんだね」


「あ、いや、僕も商人さんからチラッと聞いただけで…」


 今度はカバネル先生が話に食いつく。ハイモさん、毎回ソースにしてごめん。


「クレマン、どうだね。実現できそうか」


「はい、原理としては単純です。それなりの器具があれば、すぐにでも」


「よし。全面的にバックアップしよう。早速取り掛かりなさい」


 え、何それ。早くね。




 早速っていうのは、本当に早速だった。翌日には実験機材が運び込まれる。理系男子クレマン君の昔のオモチャだそうだ。とりあえず今日は、蒸留の実験から。


「こちらのワインをこう沸かしまして…」


 僕もガチガチの理系じゃないんで、ざっくりしか知らない。フラスコの下に熱源、フラスコの先にはガラス管。そしてその先に別のフラスコ。熱源には生活魔法の火、冷却には生活魔法の水を使い、垂れないようにガラス管の周囲を循環させる。これが一番面倒臭かった。


「生活魔法とはいえ、多重展開にあり得ない術式コントロール。アレクシ君、君は本当にすごいね」


 ちょ、カバネル先生。今、そこじゃないから。


 そのうちぽたりぽたりとアルコール分が抽出され、ワインの中からほとんどのアルコールが抜けた。


「はい。両方とも味見なさってみてください」


 みんなスプーンで、恐る恐る口に運ぶ。


「これは…普通にホットワインヴァンショーだな?」


「そうです。その飛ばしたアルコールを取り分けるのが、蒸留です」


「「「なるほど!」」」


 そして取り分けたアルコール。熟成前のブランデーと呼ぶべきか、ウォッカと呼ぶべきか。


「カーッ!これは強い!」


「これはドワーフの火酒と同じものではないのか?」


「分かりませんが、多分手法としては同じなんじゃないかと」


「素晴らしい!ドワーフ族の秘匿とされた火酒が、まさか我が領で作れるなどと!」


 なんだか話が大きくなってきた。え、蒸留酒ってドワーフの専売特許だったの?




 子爵邸はにわかに慌ただしくなった。特に準男爵が「こうしてはおれん」と立ち上がり、執事を呼びつけてあれこれ指示をしている。カバネル先生もどこかへ連れ去られ、何だか戦争のような雰囲気になった。僕はその隙に、こっそり子爵邸を抜け出し、いつものように師匠の元へ通った。


「そりゃあお主、酒が絡めばそうなってしまうじゃろうよ」


 師匠は呆れたように言った。確かに酒で人生狂わせる人は沢山いるが、そうなの?

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