第43話 付与術

「そう…そうじゃ。お主はなかなか筋が良いのう」


 オルドリシュカ師の工房に通うようになって二週間。最初の一週間は、ひたすら掃除。片付いて来た頃から、徐々に師が声を掛けてくれるようになり、やっと付与術エンチャントを教わるようになった。


 体内のオドを利用して———分かりやすく言い換えれば、MPを消費して、ダンジョンのドロップ品をエーテルに変換する。これは、コツを掴めばそう難しくなかった。これまでダンジョンから産出したものをエーテルに変換なんて、出来ると思わなかった、出来ると知らなかった、出来るなんて発想がなかっただけで、やろうと思えばやれたんだな、っていうのが正直な感想。指先から魔力を放出するようなイメージで慎重になぞると、本当に液体でもない気体でもない、ドライアイスみたいなエーテル体として溶けて行く。そして、確かに結構なMPと集中力が必要だが、魔道具を作る時に比べれば、大したことじゃない。しかも僕には鑑定がある。「ここはMPが要りそうだな」「ここはスッと溶けそうだな」ってのが、視覚的に理解出来る。


 オルドリシュカ師は、「錬金術には生まれ持った才能が必要」と考えているようだが、要はMP(MPはINTちりょくの10倍なのでINT)、DEXきようさ、それから鑑定スキルがあれば、誰でも出来るんじゃないだろうか。全部上げるのは骨が折れるけど、取得条件さえ知っていれば簡単なことだ。


 ともかく、エーテル分解はモノにした。付与はもっと簡単だ。分解したエーテルを、用意した対象物に染み込ませること。エーテルは何にでも染み込んで行くので、鑑定を使いながら、満遍なく染み込むように瓶を傾け、振りかけるだけ。


 何だ、付与術って簡単だし、面白いじゃないか。




 付与対象は何でもいい。ただし、容量と相性がある。元から多く魔素を含むものには、エーテルがよく馴染み、吸収される。一方、魔素の乏しいものには、あまり入って行かない。そこらへんの木の枝に付与エンチャントを施しても、せいぜい元の性能に毛の生えたような効果しか付かない。一方、魔石とか聖銀とか魔物の牙とか、元から魔素を含み、魔力を通しやすいものは、莫大なエーテルを吸収するため、付与次第で驚くようなアーティファクトへと昇華する。炎を纏い、一振りで辺りを焼き尽くす魔剣とか、掲げるだけで海を割る魔杖まじょうとか。大体、聖剣とか神槍しんそうとかとかそういった類は、過去に誰かが金に糸目を付けず、優秀な素体にエーテルマシマシぶっ込んだ逸品らしい。錬金術師の視点から見ると、ロマンもへったくれもない。


 それから相性だけど、当然ながら、水属性の素材に水属性のエーテルはよく馴染む。しかし、劣性属性である火属性のエーテルを注いでも、あまり馴染まない。そして効果も半減だ。ざっくり言って、水属性の物質に水属性のエーテルは、風、土と比べて200%入るのに対し、火属性は50%しか入らない。この時点で、性能に4倍の開きがある。そしてその効果を発揮する時、やはり水水では200%の効果を叩き出すのに、水火では相殺し合って1/2、もしくはそれ以下になってしまうので、通常、素材に対して劣性属性のエーテルを注ぐことは、まず無い。時々「火も氷も使える魔剣」みたいなのがあるが、あれは火属性の素材に火属性のエンチャント、水属性(進化すると氷属性)の素材に水属性のエンチャントを施し、後から合体させたものだという。それでもお互い干渉し合うので、火力は大分減衰するのだとか。オルドリシュカ師は「作ってみたかったんじゃろうのう」と言っていた。ロマンの産物だろう。




 ところで、各属性のエーテルの効果なのだが、ざっくり言うと火属性は火炎、攻撃力、POWちからの上昇。水属性は水(氷)、魔力、INTちりょくの上昇。風属性は風、機動力、AGIすばやさの上昇、土属性は金属、守備力、DEXきようさの上昇といった効果が見込まれる。例えば鉄の剣に火属性のエーテルを浸透させたとして、火炎を纏うのか、攻撃力が上がるのか、それとも装備者のPOWが上昇するのか、それは付与してみなければ分からない。


 というのが定説だった。


 しかしオルドリシュカ師は、「エーテルの元になる素材によって、発現する効果はある程度コントロール出来るのではないか」という説をもとに、研究を続けている。なぜなら、錬金術師によって、得意なエンチャントが違うからだ。もっと言うと、地域によって、付与効果に一定の偏りが見られるとのこと。それはその近辺で産出する素材の特性によるものではないか、という見立てだ。


 ところが、そうは言ってもダンジョンからもたらされる素材には、限りがある。冒険者は生活のため、得てして高く売れる素材を狙って狩って来るもの。そういうものは、錬金術だけでなく、武器防具や生活素材など、あらゆるものに役立つから売れるのであって、いろんな方面から買い手が付くし、素材としても高価だ。そして不人気なものは安いけれど、誰も狩って来ないし、出回らない。


 つまり分かりやすく言うと、彼女の研究は行き詰まっていた。


 いやいや、そういうことならば。


「一つの種類の素材が、大量にあればいいんですか?」


 あるよ、ある。僕のインベントリの中には、大量のトンボの羽。そしてその後通い詰めた、他のモンスターハウスの素材。僕は一旦子爵邸に取りに戻るふりをして、大きな麻袋に詰め替え、運び入れた。


「お、お主、これ…ッ!」


 オルドリシュカ師はプルプルしている。ああ、やっと死蔵品が陽の目を見る時が来たようだ。

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