第42話 錬金術

 僕は椅子と同時に発掘したテーブルの上に、死蔵品の一部を並べた。マロールの初級ダンジョンのトンボの羽、その後訪れた中級上級ダンジョンのものから、通りがかりに倒した雑魚モンスターのもの、そしてボス素材まで。


「おお、各属性大漁ではないか!」


 どうやら彼女のお眼鏡に叶ったようである。


「しかしアレクシ君、こんなに大量の素材、ウルリカに全て買い取ってもらうわけには…」


「そうじゃのう。欲しいのは山々じゃが、先立つものがのう…」


 オルドリシュカ師は、欲しい素材を前にして指を咥えている。


「そこでご提案なんですが、僕を弟子にして頂くことは可能でしょうか」


 そう。今日はそれを言いに来たのだ。せっかく夢の錬金術を目の前にして、おめおめと手ぶらで逃げ帰ることは出来ない。


「しかし、基礎から説明するとなるとのう…」


 彼女は尻込みしている。しかし、視線は目の前の素材に釘付けだ。


「僕もある程度の知識は独学で得ているつもりです。何なら初歩の初歩だけでも構いません。助手も致しますし、工房のお掃除も整理整頓もお手伝いします。夏の間だけでも、どうか」


 彼女は唸りながら考え込んでいる。よし、あとひと押しだ。


「まずは先日来、カバネル先生と試作を繰り返したスイートポテトです。召し上がりながらご検討ください」


 僕は鞄から、今朝作ったスイートポテトを取り出す。そして茶器、茶葉、飲料水の魔道具、そしてコンロの魔道具も。茶菓子の甘い香りに、淹れたてのお茶。目の前に、コトリ、コトリとこれ見よがしに並べてやると、彼女はあっさり陥落した。


「お主が錬金術を理解出来るか分からぬが、それでもよければ、弟子入りを許可しよう」


「ありがとうございます!」


 よし、商談成立。錬金術、ゲットだぜ。




 それから僕は、オルドリシュカ師の工房に通った。初日は二人に先に帰ってもらい、掃除から。腐海を切り拓くのは初めてじゃない。ゴミ屋敷の大掃除というのは重労働だったが、「塔」の一棟丸々に比べればまだマシだ。自分の中でのノウハウもある。最初はオルドリシュカ師も、押しかけ女房のような僕に警戒していたが、人間ってのは快楽に弱い。清潔で快適な住居、寝床、何より食べ物。餌付けってのは、どんな生物を飼い慣らす時も有効だ。子爵邸の使用人の皆さんは、僕に好意的。二人分の食事を用意して、持たせてくれた。


 彼女は「塔」の魔導士たちと同じだ。黙々と付与の仕事をこなしているようでいて、僕が秩序立って整理整頓を進めて行くのを、それとなく観察している。そして僕がそれなりに知識の下地を持っていると分かると、彼女の方から錬金術の研究を披露するようになった。なんせ、彼らは自分の得意分野のことを、誰かに聞いて欲しいのだ。相槌を打ちながら、それとなく話を誘導してやると、錬金術というものの輪郭が見えて来た。


 王国の魔導省こと「塔」は、組織としていくつかの課に分かれている。しかし、全ての分野は有機的に繋がっている。魔法陣を研究する魔法課、軍人としての魔導士を育成する魔導課。魔道具を作成する魔道具課、そしてかつて錬金術課だった付与術課。扱うものは魔法陣、もっと言うと聖句と魔素との関係、その運用だ。錬金術とは、魔素で出来たドロップアイテムを魔素に還元し、再び任意の形で顕現させること。


「対象物に自らのオドを注いで、アイテムを構成する魔素の結合を緩め、分解するわけですね」


「お主は理解が早いな。そう、それで抽出されるのが、エーテルじゃ」


 小瓶の中でゆらめく、液体とも気体ともつかないもの。これはいわゆる、化学で習うエーテルとも、またSFで見られるものとも違う。この世界の万物、特に魔石に豊富に含まれるマナ。そして自らの体内を巡るオド。総称して魔素と呼ぶが、その魔素だけを取り出したものが、この世界独自のエーテルの定義ということで、あながち間違ってはいないだろう。


 地上の魔物とダンジョンの魔物の違い。地上の魔物は、実在の生物が体内に魔素を取り込み、強力になったもの。倒すと普通の獣のように死体が残り、体内からは魔石が採れる。一方ダンジョンの魔物は、倒すと一定のゴールドとドロップ品が残される。いわばそれらは、魔素で作られた、ある種の偽物というか、バーチャルな存在と言える。錬金術師は、ダンジョンが魔物やドロップアイテムを生み出すのと同じことを再現しようとしているのだ。


 しかし今のところ錬金術は、一旦エーテル状にした魔素を違う物質に作り変えるところまでは至っていない。せいぜい、既存の物質にエーテルを注入し、ある種の特性や能力を付加するだけ。これが付与術である。


「つまり、風属性の魔物のドロップ品は、風属性のエーテルに還元され、対象アイテムに風属性の特性を付加することができると」


「そういうことじゃ。その先は、まだ未知の領域じゃな」


 オルドリシュカ師は、クライアントから預かった杖に、慎重にエーテルを注いでいる。多くのアイテムを扱う仕事柄、彼女も鑑定スキルを持っているようだ。やがてエーテルの充填限界を迎えると、「完成じゃ」と呟き、大きく溜め息をついた。これは「茶を持って来い」という合図だ。


「それにしてもお主のこれ、なかなかいいのう。サツマイモバターティは里でも食べられていたが、このような調理はせなんだわい」


 彼女はスイートポテトがお気に入りだ。森人エルフである彼女は、他の救荒作物にも精通していたが、森人エルフは食物の調理加工にはあまり関心がないらしい。ジャガイモやソバの料理もモリモリ食べる。


 一見僕とそう変わらないような美少女に見えるのに、辣腕らつわんの錬金術師。しかし服はヨレヨレ、頭はボサボサ。口の周りは食べかすだらけで、工房はゴミ屋敷。錬金術の師ではあるが、色々残念なのだった。

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