第36話 ジャガイモフルコース

 翌日から、僕とカバネル先生は、子爵邸で調理実習を始めた。もちろんカロルさんも一緒だ。


「まあっ!ジャガイモポム・ド・テールって、こんなに美味しいんですのね!」


 彼女はフライドポテトフリッツに歓声を上げている。


サツマイモパタトゥ・ドゥースと違って甘味が少ないので、より主食に向いています」


「芽と緑色の皮さえ避ければ毒の心配がないなんて。君は本当に博識だよね」


「えっとですから、うちの出入りの商人さんが教えてくださっただけで…」


 困ったことは全部「出入りの商人」に押し付ける。ハイモさんごめん。てか、最初入手する時、彼の馴染みの商会から仕入れたのに、話の辻褄が合ってないんだけど。素で気付いていないのか、それとも気付かないふりをしてくれているのか。


 ジャガイモもサツマイモも、救荒作物として栽培してみたはいいが、オーブンで焼くかふかすくらいしかしていなかった模様。しかもジャガイモに至っては、稀に中毒症状が出るからと、一度恐る恐る口にして、それっきりだったそうだ。


「これだけじゃないよ。アレクシ君は、これ以外にも驚くほど様々な調理方法のアイデアを持ってる。是非みんなに試してみて欲しいんだ」


「まあ素敵!アレクシさんは、どこまでも優秀なんですのね!」


「えっとですから、うちの出入りの商人さんが教えてくださっただけで…」


「アレクシ坊ちゃん、玉ねぎに火が通りましたよ。どうしますか?」


 コリンヌさんからお声が掛かる。


「では、フライドポテトフリッツをフライパンに戻して、バターと塩胡椒で」


 ポテト・リヨネーズ。こっちにリヨンはないけれど。いつかBBQで「具なしジャーマンポテトじゃん」って言ったら、「うるさい、これがポテト・リヨネーズだ」って怒られたんだよね。


 後は、芋をふかして粉吹き芋、バターを乗せてジャガバター。潰してバターと牛乳を混ぜてマッシュポテト。ついでにコロッケだ。知識として、作り方というか料理の概念は知っている。だが実際に調理したことなんかない。しかし、僕のざっくりした説明を、カロルさんやコリンヌさん、料理人の方々はかなり正確に再現してくれた。僕とカバネル先生が、二人でえっちらおっちらサツマイモと格闘していたのが嘘のように、ジャガイモ料理が次々と並んで行く。


「これは…本当に素晴らしいね、アレクシ君!」


「ええ、本当に素晴らしいですわ、アレクシさん!」


 試食が終わって、みんな口々に褒めてくれる。


「えっとですから、うちの出入りの商人さんが教えてくださっただけで…」


 僕は何十回目かの同じ言い訳を繰り返し、お茶を濁した。




 その後、試作品は使用人さんたちに下げ渡され、改めて晩餐の席に同じものが供された。


「これがあのジャガイモポム・ド・テールなのか」


 子爵が驚きの声を上げている。採れたての新ジャガの美味しさは格別だ。てか、プレゼンが目的とはいえ、テーブルの上がジャガイモだらけ。炭水化物の宝石箱や。


「やれやれ、お前たちが道楽で作っているものとばかり思っていたが、これほどとは」


 カロルさんのお父上、準男爵も感心した様子だ。


「それもこれも、アレクシ君の協力があってこそです。彼は僕の教え子ですが、驚くほどの知識とアイデア、そして実家のアペール商会もマロール領では屈指の大店おおだな。書状で提案した通り、僕は彼をクララックに迎え入れるべきだと考えています」


 ———は?


「カロル。昨日と今日で伝わったと思うけど、彼はとても優秀な男だ。少し年下だけど、きっと君の頼れるパートナーになるはずだ」


「ええ、あの、確かにアレクシさんは素敵な男性だとは思いますけど…」


「だよね!そしてアレクシ君。カロルをどう思うかな。従兄の僕の目から見ても、立派なレディに育ったと自負しているんだが」


「えっと、それはどういう…?」


 混乱しているのは僕だけじゃない。子爵も準男爵も、この場にいる全員が「え?」「は?」「ちょっと?」ってなってる。先生?


「カロルは僕の大事な妹のような女性だ。僕の研究に付き合わせてしまったせいで、もう婚期を逃がしかけているが、こんな素敵なレディを下手な男にやるわけにはいかない。そこで君だ。僕は君ほど彼女に相応しい男を知らない。どうかな。彼女とクララックを支えてやってはくれないだろうか」


 僕の手を取り、熱っぽく語りかけるカバネル先生。


「え、あの、カロル嬢のご主人には、カバネル先生がなられればよろしいかと…?」


 カバネル先生を除く全員が頷いている。


「僕はもう平民だし、うだつの上がらない一介の教師に過ぎない。彼女にはもっと相応しい相手が」


「いや先生、もう両思いじゃん!付き合っちゃえよ!」


 カバネル先生を除く全員が頷いている。子爵が思わず「よく言った」と呟いたのを皮切りに、バチ、パチと拍手が始まり、そして使用人を含めて拍手喝采の嵐になった。先生は「え、は、だって」とオロオロしていたが、当のカロル嬢は手で口を覆って涙を流している。こうしてこの日の晩餐は、婚約披露パーティーに早変わりした。


 ところで僕は、一体何に付き合わされているんだろう。リア充爆ぜろ。

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