第35話 クララック領

 カバネル先生からクララック領へのご招待を受けたものの、とりあえず冬休みは遠慮しておいた。それより先に、鑑定スキルをゲットしなければならない。前回鑑定スキルを得た時には、「1,000種類のアイテムを精査鑑定すると取得」とメッセージがポップしたが、精査鑑定ってどのくらいの行為を指すのだろう。とりあえず、両親には「倉庫整理を手伝いたい」ということで、サクサクとこなした。


「バルテン織のラグ、単位㎡、価格25,000ゴールド/㎡、数量32」


 在庫を整理し、帳簿から木片に概要を記載し、在庫の前に提げておく。フォーマットは、鑑定スキルで出てくる感じに統一。帳簿と鑑定で見た内容とでは多少誤差があるが、後で前回みたいに全面的にやり直したい衝動に駆られることはないと信じたい。


 前回は試行錯誤しながらの作業だったけど、今回は3年前にやったことをなぞっただけだから、ものの数日で終わった。そして無事、鑑定スキルをゲットした。前回よりも大分手抜きだけど、僕は学んだ。適当でいい。どれだけ綺麗に整理しても、複数の人間が随時在庫を動かすのだ。完璧なんて求めてはならない。前世と違い、こちらは色々アバウトな世界だしね。


 僕が成績を上げ、商会を手伝うと、両親には評価され、兄には疎まれる。だけどそろそろ、兄にもいい加減気付いてもらいたいものだ。彼は地道な作業が苦手で、自由を求める性質。なんせ彼は風属性、属性と性格はある程度連動している。逆に僕は、レベル上げとか倉庫整理とか、単純作業の繰り返しを苦痛に感じない性格だから、苦手分野の得意な人間を嫉妬せず、その人に任せればいいのに。経営者って、そういうもんじゃないの。


 しかし彼もまだ20、社会人2年目のひよっ子だ。彼なりに苦悩はあるのだろう。そもそも彼は、学生時代に付き合った友達が悪かった。元は僕らもそんなに仲の悪い兄弟じゃなかったんだけど、彼は素行の良くない友達とつるむようになって、どんどん周囲からの評価を下げて行った。今は酒場のお姉さんに入れ上げているとも聞く。彼の交友関係に口を挟むのは野暮だけど、女性にはくれぐれも気を付けた方がいい。前ループ、カバネル先生を見て痛感した。


 考えが逸れた。


 僕は土属性を活かすため、農業研究会に入り、救荒作物の研究をしていると両親に話した。そして夏休み、クララック領に出かけて、先生の手伝いがしたいと。父は保守的で、商会の利益にならなさそうなことに反応は薄かったが、倉庫整理で心証が良くなったようだ。学生の間だけ、羽目を外さない程度にということで、了承を得た。




 時は流れて夏休み。僕はカバネル先生と馬車に揺られて、クララック領のカバネル子爵邸にお邪魔した。


「まあまあ、遠いところからようこそ!クレマン坊ちゃん、お帰りなさい」


 貴族の邸宅にしては、小ぢんまりと素朴な様子。中からふくよかな女性が僕たちを出迎えた。彼女はメイド頭のコリンヌさん。カバネル先生の第二のお母さんとも言える存在らしい。


 その日は本邸で晩餐が行われ、先生の叔父さんに当たる現当主のカバネル子爵とそのご家族に歓迎された。僕は恐縮しきりだったけど、元々富裕な商家の息子、そして前ループは貴族だらけの「塔」で働いていた。貴族のあしらいには抜かりない。前もって家族構成などを聞き取り、気の利いた進物を用意して。先生からは、「うちはそんな格式張った家じゃないから、気にしなくていいよ」なんて言われたけど、見てる人は見てるものだ。子爵は終始にこやかだけど、要所要所で鋭い探りを入れて来る。僕はそれらを無事に捌き、一定の信頼を得られたようだ。


 疲れた。こういうの、何度やっても慣れない。僕はつくづく貴族なんか向いてない。平民で良かったよ。




 翌日、早速先生に連れられて、子爵家の農場に出掛けた。延々と広がる、収穫の終わった夏の小麦畑。遠く丘陵地帯には、ブドウ畑が見える。そして広い敷地の片隅、農作業小屋の近くに、一畝ひとうねずつ違った作物が植わった一角がある。そこに、ツナギを着て麦わら帽子を被った、小柄な人影。


「クレマン兄様、お帰りなさい!」


 こちらに気付き、立ち上がった人物を見て驚いた。女性だ。


「ただいま、カロル。紹介するね、こちらはアレクシ君。僕の生徒だよ。アレクシ君、彼女はカロル。僕の従妹いとこだよ」


「お会い出来て光栄です。先生にはお世話になっております」


「素敵なお客人。私はカロル、そんな畏まらないで。さあ、あちらでお茶にしましょう」


 先生は農作業小屋と表現したが、普通に農家の一軒家と変わらない。それも、ちゃんとしたログハウス。カロルさんは、慣れた手つきでミントティーを用意してくれた。この国の夏は湿度が低く、カラッとしている。開け放った窓から通り抜ける風が気持ち良い。


「手紙で書いた通り、彼が作物の調理と流通を提案してくれたんだよ」


「まあ、それは素敵。アレクシさん、あなたとっても優秀なのね」


「え、いや、えっと」


 麦わら帽子を脱いだ彼女は、とても魅力的だ。豊かなブロンドをきっちりと編んで結い上げ、化粧気もないのに元の造形が整っていて、爽やかな色香を匂わせる。そればかりか、終始「素敵」「素晴らしいわ」「凄いのね」と、にこやかに相手を褒めまくる。とても自然に。こんなの、惚れてしまうだろう。前世で接待キャバクラに連れて行かれたことがあるが、煌びやかな夜の蝶よりも、カロルさんの方がずっと殺傷力が高い。


 そこから、カバネル先生とカロルさんとの情報交換が始まった。どうも彼らは、定期的に手紙をやり取りして、先生は学園で、カロルさんはこっちの農場で、二人三脚で研究を進めていたらしい。彼らの親密さに、僕は置いてけぼりだ。え、何、そゆこと?




 その後は実験農場を見学させてもらい、終了。作物の出来については、鑑定で見た限り問題なし。時折、水のやり過ぎとか間引きが足りないとか、気がついたことだけさりげなく指摘して、僕らは本邸に一緒に帰って来た。


 晩餐は、カロルさんも同席。きちんと身支度を整え、作業着からドレスに着替えたカロルさんは、どこに出しても恥ずかしくないレディだった。


「あの、お兄様お兄様っていつもクレマンの後を追いかけていたカロルがね」


「もう、伯父様ったら。いつのお話ですか」


「今年二十歳はたちになるのに、まだ土いじりに没頭して、一向に嫁に行く気配がなくてね」


「父上まで!」


 カロルさんは、クレマン子爵とその弟、つまり父親のクレマン準男爵との間でプンスコしている。てか、これもうアレじゃん。そういうことじゃん。


「カロルは僕の妹みたいなものなんだ。是非アレクシ君に紹介したくてね」


「はぁ」


 妹、ね。僕は乾いた愛想笑いを返した。道理で、前ループで縁談がまとまらなかった訳だよ。いたじゃん、カバネル先生が理想の女性の条件に挙げてた、「一緒に土いじりを楽しめる人」。しかも美女で、気立てが良くて、昔から先生を慕ってたとか。もうさっさとくっついちまえよ!


 いいな、と思ったそばから失恋。世の中ってそういうものだ。

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