第27話 2周目の進路
カバネル先生の救荒作物の研究は、まんまと東部の豪商ナディアさんがものにした。彼女は「マロール領立学園のカバネル教諭が」と、彼の功績を大々的に持ち上げつつ、しかし翌年の南部の不作の穴を見事に埋め、莫大な利益を得た。
一方、僕は実家に救荒作物の取り扱いや、その他の穀類の在庫を増やすように提言したが、まるで聞き入れられず、商機を逃した。ハイモさんたちは、隣国からの行商という身分だったので、王国の不作で大儲けするには至らなかったが、今後はこの不作の逸話を武器に、救荒作物で継続的な利益を狙うみたいだ。カバネル先生とご縁を結んだ僕に、とても感謝してくれた。
そんな第三学年を過ごし、いよいよ僕の進路について決まる時期が来たんだけど。
「この学園から「塔」へ進む者が出るとは、鼻が高いな!」
ラクール先生の圧から逃れられず、僕は力無く頷くしかなかった。気が付いた時には、学園長からの推薦が魔法省に送られていた。平民の僕が、それを無下にすることは出来ない。
そして実家での僕の立ち位置も、微妙になっていた。僕が鑑定を駆使して倉庫整理と帳簿整理をして、在庫管理は格段に風通しが良くなった。それは評価された。だけど、「なぜもっと救荒作物について強く提言しなかったのか」などと八つ当たりされ、兄にはその裏でニヤリと笑われ。
いや、これも一つの良い機会だ。いずれ何かしら理屈をつけて、実家就職コースからは外れようと思っていたんだから。僕は学園を出ると同時に、そのまま王都へ向かった。
魔法省こと「塔」に入った僕は、少し拍子抜けした。周りは貴族の子弟ばかりで、さぞ魑魅魍魎の世界だろうと身構えていたが、僕は良い意味でも悪い意味でも、彼らに歯牙にも掛けられなかった。僕に与えられたのは、下積みの魔導士の、更に下働き。仕事内容は、領立学園の職員室で
それよりも大変なのは、情報収集だ。ここは王都の中枢、情報が山と集まる。新聞だって、二週間遅れとかじゃない。経済からゴシップまで、何紙もの新聞が、リアルタイムで届く。しかも図書館に行けば、過去の新聞まで閲覧できるのだ。
また図書館と言えば、魔導書の類にも事欠かない。今の僕には鑑定スキルがある。自分が取れそうなスキルは、片っ端から調べておかなければ。なんせこのループは、あと1年で終わる。王都にいる間に、これらを全て頭に叩き込み、次の3年に備えたい。
僕は日々の雑用をくるくるとこなし、休みはひたすら図書館に出かけて新聞や本を読み漁りながら過ごした。最初は田舎者の平民を馬鹿にするような雰囲気があったが、僕が遊びもせずにひたすら図書館通いしているのが知れ渡り、変態ガリ勉とあだ名されるようになった。それで全然構わない。
一方、一部の魔導士は、僕の真面目な仕事ぶりを評価してくれて、僕を職員室みたいな事務方から、とある研究部門に配置換えしてくれた。
———魔道具課だって?!
よく異世界モノで、「魔道具を作る専門家たちは、みんな変わり者」という不文律があるが、ここも例に漏れず、研究馬鹿の掃き溜め、変態の
しかし、何気なく廊下に落ちている黒い紐。これが希少な魔物のヒゲだったり、ぺらりと落ちて踏んづけられた書類が、古代の失われた文明の高度な魔法陣だったり。無秩序に腐ってはいるが、ここは宝の山だ。
前世でも実家でもやった。在庫整理はお手のものだ。まずは廊下から、床を埋め尽くすアイテムを拾い集め、取捨選択の上、断捨離と整理。貴重なものを誤って捨てることはない。だって僕には鑑定があるから。
まるでゴミ屋敷の清掃動画のように、僕はじわりじわりと人類の生存可能領域を広げて行った。最初は鬱陶しそうに見ていた研究員の魔導士たちも、僕が貴重なものとそうでないものを区別する能力があることと、そして食堂からせっせと軽食を運んで餌付けしたことで、次第に打ち解けて来た。
やがて共用部分の整理清掃が終わると、今度は個々の研究室に着手する。その頃には彼らも、僕の侵入を拒まなかった。それどころか「早く私の研究室も」と急かされるほど。彼らの研究室は、どこもかしこも手強かったが、その分作業中は、研究について見せてもらえる。というより、彼らは自分の研究のことを、誰かに披露したくて仕方ないのだ。守秘義務で大っぴらにできない研究内容を、下っ端の僕になら、堂々と自慢出来る。整理整頓の手を動かしながら、僕は彼らが早口で捲し立てるのに、ひたすら相槌を打つ。
魔道具作り、興味深い。彼らの研究室を代わる代わる出入りして、何となく全体像が見えてきた。どうも家電製品と同じ感じだ。電池の代わりに魔石を置いて、聖銀で回路を引き、基盤には魔法陣。その魔法陣だが、何やらそれらしい幾何学模様と細かい文字で成り立っているように見えて、実はほとんどが飾りで、中にいくつかコアになる古代文字が刻まれている。
魔法陣の理屈は、魔法と同じだ。ストーンバレットは「小、石、飛、打」だったが、明かりを灯す魔道具の魔法陣は「小、空、浮、光」。これは、光の玉を虚空に浮かせて周囲を照らす、光の生活魔法と同じものだ。例えば「小」を「大」に置換すると、光は大きくなり、魔力消費量が増す。一方で、発光させる媒体があるのであれば、「空」と「浮」は必要ない。ここを削ると、消費魔力が大幅に減る。
と、つい口を滑らせてしまった。
「君、その知識は一体どこから」
研究に行き詰まっていた魔導士に肩を掴まれ、恐ろしい力で揺さぶられる。そして、「そういえばコイツは、あのマロールの詠唱破棄の奴だ」と認識されると、僕はその日から帰れなくなった。彼らは就業時間とか、人間らしい生活にとんと興味がない。夜中までずっとゲームやってるタイプの研究オタクたちだ。
「ここ!ここは何で繋がんないの?」
「えっと多分この部分がここと噛み合ってなくて」
「こっちの素材とあっちの素材が上手く融合しないんだけど」
「ああそれは属性の相性と含有マナ量に差があり過ぎて」
終始この熱量。もうやだ。助けて。おうち帰りたい。
彼らは問題が解決すると、自分の研究室で毛布を被って寝てしまう。そしてやっと解放されたと思ったそばから、次の研究員に捕まる。僕は彼らの隙をついて、フラフラになりながら寮に帰った。明日の仕事はボイコットしよう。お腹空いた。お風呂に入りたい。そして何より寝たい。ベッドに倒れ込み、僕はそのまま意識を失った。腐海。そこは所詮、人類の住める場所ではなかったのだ。
翌朝、僕は寮のベッドの上で目が覚めた。しかし寮は寮でも、領立学園の学生寮。10月1日だった。
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