第26話 カバネル先生の恋愛事情
詠唱破棄と無詠唱の研究騒ぎが、そろそろ落ち着いて来た。二年の秋、学園でまとめられた論文は年内に王都に送られ、冬の間に世間を賑わす大ニュースになった。僕は全ての功績をカバネル先生に押し付けようとしたが、表舞台にしゃしゃ…代表としての活動は、学園長とラクール先生が請け負って下さった。しかし一方で、一大スポンサーのシャルロワ侯爵のご子息であることが世に知られ、彼は別の意味で脚光を浴びることになった。
「はぁ…」
彼は机の上に
そしてそんな正規ルートを無視して、学園内からもアプローチの嵐。あわよくば二号三号の座を狙って、書類に紛れて連絡先のカード、差し入れ、そして偶然を装ったボディタッチ。そういえば、毎回11月に保健医の先生と歴史の教師が婚約発表していたのに、今ループではそれがまだ発生していない。
恐ろしい。知らないうちに、誰かのルートが潰れている。
「先生、モテモテですね」
「困ったよ、アレクシ君。僕はこういう話がとんと苦手で」
いつもにこやかな彼が、心底うんざりした表情をしている。先生、まさかそっちの人じゃないだろうな。でも分かるよ。こんなに手のひらを返されると、誰だって女性不信になっちゃうよね。しかも先生はもう20代半ば、適齢期は既に過ぎようとしている。
「でも、これだけ縁談があるんだったら、逆に先生が好みの女性を選んだらいいんじゃないですか?」
「それがねぇ…」
彼の好みの女性は、一緒に土いじりを楽しめる人らしい。なんせこれまで、土属性ってだけで「将来性がない」と婚活市場から弾かれて、散々「泥臭い紳士なんて、ねえ?」などと
ならば、やってみればいいじゃないか。農業体験ツアーという名の、農村型婚活を。
僕の提案に沿って、彼は子爵家を通じて、釣書の女性たちに招待状を送った。豊かだが北の辺境のマロール領、その質素な領立学園で、ちょうど王都から届いたジャガイモの種芋を植える、ジャガイモ栽培体験。
3月のその日、集まったのはたったの5名。釣書はその10倍はあったから、土属性の人気のなさが如実に伺える。企画をアシストした僕まで、地味に凹む。
5名のうち3名は、豪奢なドレス姿。農作業をするって案内したのに、まさか本当に学園の隅っこの畑に連れて行かれるとは思っていなかったようだ。立派な馬車から執事が椅子を運んで来て、日傘をさしながら優雅に作業を眺めている。
残り2名は、ちゃんと平民のようなワンピース姿。しかしとても農作業に来たとは思えない。一人は明らかに「空気読んで質素なワンピースで来ましたよ」のポーズ。ところがもう一方は、手が汚れることも躊躇せず、種芋を手に取り、カバネル先生の説明を熱心に聞いている。ひょっとして、このお見合い農業体験ツアー、成功だったかも知れない。
作業後は、ハイモさんから届いた
唯一、手や服が汚れるのも厭わず、農作業に勤しんだ女性。とある豪商の子女らしい。少々目力の鋭い快活な女性だったが、本来の研究分野に興味を持ってくれた彼女に、カバネル先生も好印象だったみたいだ。
「お友達から、是非」
その後も継続的に手紙をやりとりし、研究を介して親密さが深まって行く。奥手なカバネル先生も、満更でもない様子だ。しかし破局は突然訪れた。彼女はさっさと婿を取り、夏に収穫した
「これもみな、カバネル先生のお陰ですわ」
彼女は一度夫を連れて学園を訪れ、熱烈に謝意を示し、帰って行った。ついでに他の作物の研究についても、スポンサー契約を結んで。
カバネル先生は終始穏やかに対応していたが、三ヶ月ほど落ち込んでいた。そして「もう女性はいいよ…」と力無く呟いていた。彼の婚期は遠そうだ。
なお、彼女が結婚を決める少し前、僕の家にも彼女からの釣書が届いていた。了承していたら、今頃彼女の隣にいたのは僕だったかも知れない。
商人って恐ろしい。女の子って恐ろしい。僕の婚期も遠そうだ。
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