第25話 救荒作物

 大事なことを思い出した。来年の夏、王国南部の穀倉地帯で不作が起きるんだった。あと1年あるけど、僕に一体何が出来るだろう。


 麦の作付けを増やす?それは北部でもいっぱいいっぱい、あちこちに開拓村を作って頑張っている。そもそもこっちの麦は、寒冷地でも育つライ麦だ。栄養価は高いが、小麦に比べて味にクセがあるため、もっぱら北部での消費が主で、他の地域に売り出されることはあまりない。そして今から作付けを増やすことは困難だろう。


 他に救荒作物は、何があったかな。そういえば、前ループで護衛クエストを請け負った隊商のハイモさんたちは、レギューム・セックソバサラザンサツマイモパタトゥ・ドゥースなんかを扱っていた。ジャガイモポム・ド・テールは、この辺りにはまだ流通していない。芽や緑色のところに毒があるからだろうか。冷涼な地域だから、栽培にちょうど良さそうなんだけどな。


 そうだ。こんな時こそ、カバネル先生に相談してみよう。




「救荒作物に興味があるだなんて、君は本当に目の付け所が違うね!」


 何だか今回もいたく感激された。彼はまさに、母方の子爵領で過去に起こった飢饉に胸を痛めて、こうして土属性スキルを農業に活かす研究を続けているらしい。違うんだ。僕は単に、来年の不作でいっちょ儲けようと…ああ、そんなキラキラした目で手を取ってぶんぶんと振り回されると、良心が痛む。


 しかし、彼に相談して良かった。さすが専門家は違う。彼はジャガイモのことも知っていたし、何なら米の存在までご存知だった。米!日本人転生者が求めてやまない、聖なる銀舎利!


「まあ、マロール領のような寒冷地では上手く育たないんだけどね」


 そうでしょうとも。僕の求めるジャポニカ米は、比較的寒さに強いとはいえ、温帯での栽培に向いた品種だ。冷涼地に適した品種にまで改良するには、とても3年では足りないだろう。とはいえ、何とか個人的に食べられる分だけでも手に入らないだろうか。ええ、僕個人の分だけで結構ですんで!


 カバネル先生は、僕の血走った目に気圧けおされながらも、王都の懇意の商会と繋ぎを付けてくれるよう約束してくれた。それから、ジャガイモについても。


「君、本当に良く知っているね。ジャガイモなんて、毒があるからって嫌厭けんえんされて、我が国にはなかなか入って来ないのに」


「え、いやその、うちと取引のある商人さんが」


 ソースについては、適当ブッこいておく。どうせ両者に面識なんかないんだ。




 一方、春になるとハイモさんの隊商が実家を訪れた。


「サツマイモ?また珍しいものを欲しがるんだな」


 ハイモさんは仲間の伝手を使って、暖かくなるまでに種芋を届けてくれると約束してくれた。


「最近学校で農業研究会に入って、土属性の先生に師事してるんです。先生が救荒作物の研究者で」


「ほう。救荒作物に興味があるとは、君は本当に目の付け所が違うな!」


 それからしばらく、ハイモさんたちと世間話。しかし所々、ちらちらと探りを入れられている気がする。


「なるほど、カバネル子爵んとこな。あそこは農業改革に熱心だもんな」


「カバネル教諭って言えば、こないだ論文が」


「シャルロワ侯爵のご子息だっけか。さぞ優秀な先生なんだろう」


「その先生が救荒作物に手ぇ出してるってことは、つまり」


 みんなの目が、ちょっとギラギラしている。怖い。


「え、いやその。あはは」


 彼らの憶測については、煙に巻いておく。どうせ両者に面識なんかないんだ。




 もっと早くにこの問題に取り組んでいれば、少しはこの商機に食い込めたかも知れないんだけど、今ループはこれで精一杯。次からは無詠唱の研究はやらないでおこうと、僕は心に決めた。

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