第9話 農業研究会(2)

 その後の僕は、順調そのものだ。もしくは単調とも言う。無理のない範囲でコツコツと、堅実に徹して稼ぐ。まるで前世のRPGのレベル上げだ。だがしかし、こうやって地道に経験値を稼いだ方が、最終的には早く楽にボスを倒せるって、僕は知っている。前世の経験の為せるわざだ。そもそも、無理して突っ込んでデスルーラとか、「死んでしまうとは何事じゃ」とか、現実リアルでは通用しない。


 最初は、大量のピルバグの甲殻を持ち込んだ僕を半笑いで対応したギルドのお兄さんも、次第に態度を改めた。冒険者を志す若者は、どうしても早く成果を上げたくて、無理して難易度の高いクエストを受注したり、強い魔物に突っ込んだりする。そうして大怪我を負って、早々にリタイアしてしまう者も少なくない。運良く成り上がるのはほんの一握りだ。しかし、在り来たりな魔物の素材を毎週大量に持ち込む僕は、ソロなのに怪我らしい怪我もせず、少しずつコンスタントに討伐難易度を上げている。冒険者としてはつまらない生き方かも知れないが、怪我をせず息の長い活動をするなら、こういったスタイルが最適解と言える。いつしか、


「いやぁアレクシ君。君は勤勉で偉いね」


 なんて、蔑み半分、賞賛半分のおべっかまで言われるようになってしまった。もっとも、他の冒険者には「ピルバグ野郎」なんて陰口を叩かれ、受付嬢には冷たい視線を投げ寄越されるままだけどね。




 そして、塵も積もればなんとやらで、僕は間もなくDランクへ昇格した。Dランクと言えば、冒険者を専業に生きて行く最低ライン。駆け出しも無事卒業だ。しかし僕はまだ学生、本分は学業にある。まあそれは言い訳に過ぎず、僕はもう二年生も三年生も何度も経験して、学園で学ぶことなど何もない。ただ、学園を中退して実家から勘当されて、独り立ちする勇気がないだけだ。モラトリアム万歳。


 実家では、危険を冒して冒険者の真似事なぞまかりならんと、両親に咎められた。だけど僕は、いずれ兄の補佐をして商会を盛り立てて行くのだから、荷運びの護衛や外回りで頑張りたいと、理屈を捏ねた。そして、それに大いに賛成したのは兄だ。彼は、弟の僕から見ても、品性や素質に難があり、僕に家督を盗られるんじゃないかとやきもきしている。両親は、商会の行く末と兄の素行、そして僕の身の安全について心配していたが、学業を疎かにしないことと、慎重に活動を続けることで、辛くも承諾を得た。


 両親の説得に援護射撃をしてくれたのは、武器屋と防具屋の親父さんたちだ。彼らは、僕が見た目の格好良さや派手な活躍に目もくれず、いかに堅実に稼いでいるかを言い含めてくれた。だけど、ギルドでピルバグ野郎なんて陰口を叩かれてることまで言わなくてもいいと思う。僕は兄からも、ピルバグ野郎と呼ばれるようになった。


 まあ、半分はやっかみだ。数ヶ月でDランクと言えば、そこそこの実績である。次のCランクに上がれば、中堅どころとして一目置かれるほどだ。学生の身分にしては、上出来だろう。




 学園では、相変わらず農業研究会に出入りしている。カバネル先生とは相変わらず、と言いたいところだが、現在彼の研究室は、農業研究会とは名ばかりの、詠唱研究会となっている。しかもマンツーマン。


 咄嗟にストーンバレットを放ってトンボを倒した翌週。彼に無詠唱魔法とか詠唱破棄についてそれとなく聞きに行ったところ、「どうしてそれを?!」と血相を変えられた。どうもその辺りは、魔法省こと「塔」の最先端の研究の一つなのだそうだ。


「いえ、無我夢中だったので、つい生活魔法みたいに」


「つい、で発動だなんてそんな」


 戸惑う彼を花壇に連れて行き、目の前でストーンバレットを飛ばしてみた。今回は無詠唱だ。そして無事、石礫いしつぶてが飛び出した。


 彼は「発動回路の構築に聖句が」とか「いやしかし制御系統は?」などとブツブツ呟いていたが、出来てしまったものは仕方ない。そのうち彼も頭を切り替えて、どうすれば出来るのか、僕に訊いてきた。




 その日から、僕らは秘密裏に無詠唱と詠唱短縮、または破棄について検証を重ねた。僕は魔法なんて、この研究室で魔導書をサラッと読んでゲットしただけだから、詳しいことは知らない。しかし先生は、ちゃんと王都の貴族学園で学んだ後、「塔」で宮廷魔導士に師事し、正式に土属性の教師として派遣された教諭だ。


「小さき石よ、飛翔せよ、敵を打ち砕け」


 本当は、「大地におわす豊穣の女神よ」とか「我が願いを聞き入れ給え」とか「捧げしマナと引き換えに」とか、前後にいろんな美辞麗句が付け足され、長々とした詠唱句が正式とされる。しかし、まだ書籍が普及していなかった時代、口伝によって伝授されたため、今では同じスキルについて、多くの流派とともに様々なパターンの詠唱句が存在する。そして未だに、こっちの詠唱句の方が威力が高いだの、格式が高いだの、論争が絶えないそうだ。


 一方で、感情や歴史的背景はさておき、それらを精査して、系統的に整理する。これが「塔」の最先端の研究だ。そこで判明したのは、石礫ストーンバレットスキルのレベル1、ストーンバレットを構成する最小限の「聖句」は、「小」「石」「飛」「打」の4つであること。


「その聖句まで省略してしまうなんて…」


「しかし先生、おかしな話ですよね。聖句だって言語によって違うわけですし」


 要は、イメージを練るための記号というか。




 石礫ストーンバレットは、他のスキル同様、レベル1から10までの10段階で成り立っている。そのうちレベル1のストーンバレットは、小石が敵に向かって飛んでいく魔法だ。だから、「小、石、飛、打」となる。レベル2のショットガンは、飛んで行く小石が増えて、まるで散弾銃のように攻撃する。だから、「小複数、石、飛、打」となる。


 しかしそれらは、使用者に「MPをこれだけ消費して、こういう現象を引き起こしますよ」というお約束というか、記号に過ぎない。使用者がそれ相応のイメージを持ち、意図してMPを現象に変換すれば、必ずしも詠唱は必要ないんじゃないか。


 と、前世のゲーム脳を持つ僕は思うのだ。だって魔法の詠唱なんて、ゲームや漫画によって、描写はまちまちなんだもの。


 カバネル先生と僕は、二人三脚で実験と検証を重ね、それらをレポートに纏めた。そしてかつて先生が師事した「塔」の魔導士へ送った。


 返事があったのは、その二ヶ月後。


「残念ながら、レポートには十分な検証と裏付けがないって」


 彼はちょっと苦笑いして、僕らはいつも通りの日常に戻って行った。そもそも詠唱短縮が彼の専門ではなく、あくまで土属性スキルをどう農業に活かすかが主な研究テーマだったわけだしね。




 しかし半年後、魔法省から歴史を揺るがす大々的な発表が為された。


「スキルの行使と詠唱破棄について」


 それは、カバネル先生が書いたレポートの内容そのままに、発表者の名前が「塔」の魔導士に置き換わっただけのものだった。うーん、見事なアカデミックハラスメント。お人好しなカバネル先生も、この時ばかりは無口だった。


 次のループでは、もっと上手くやろう。先生、ドンマイ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る