第6話 農業研究会(1)

 さて月曜日。僕は放課後、農業研究会の門を叩いた。研究会という名前だが、前世で言う部活のような感じだ。顧問は土魔法の教諭が務めている。


 僕はこれまで、経済研究会という名の帰宅部に属していた。いや、研究会と言うからには、年に一度はレポートを書き上げ、研究誌として歴代のものが残されている。しかし実際の活動は、部員の友人同士で放課後にカフェテリア、もしくは学外のカフェで、課題をこなしながら駄弁だべるのみ。


 経済研究会に属する生徒は、商家の子息が多い。一定以上の成績をキープしつつ、卒業後は実家の跡を継ぐため、顔つなぎの社交の場という意味合いが強い。商工会議所のジュニアバージョンのようだ。しかし僕は、今回のループでは実家に就職して兄の補佐をするというルートから外れようと思っているから、入会しているメリットはない。成績も問題ないしね。


 それより、冒険者をするなら何かしらスキルが必要だ。


「君はアペール商会の。農業に興味があったのかい?」


 教諭は意外そうな第一声を放った。まあそうだよね。僕も実はそんなに興味ない。もし3年のループじゃなければ、農業で成り上がるのも悪くないんだけど。


「僕は土属性ですし、実家でも穀物の取り扱いはありますので、出来れば見学させて頂きたく」


 僕は適当な言い訳をして、しれっと入会した。




 農業研究会は、経済研究会以上に幽霊研究会だった。そもそも土属性に人気がない。いや、人口の大半が農民のこの世界、農業に土属性スキルが使われていないのは大問題だと思うんだ。だってこの世界に存在するのは火・水・土・風・光・闇の6属性、そのうち光と闇は希少だから、ざっと1/4が土属性であるはずなのに、それが活かされていないなんて。


 カバネル先生は、この学園で教鞭を執るかたわら、土属性スキルを植物の育成に役立てようと研究を重ねる、数少ない専門家だ。そもそも魔法は王都の魔法省、通称「塔」と言われる組織で研究が進められているが、土属性はそこでも不人気だそうで。そして植物の育成といえば、森人エルフの扱う精霊魔法の範疇だというのが定説らしい。


「土起こしだけでもスキルに頼れれば、楽だと思うんですけど」


「そうだよね、君!いやぁ、話の分かる子が来てくれるなんて」


 人の良さそうな笑みを浮かべるカバネル先生。何だか放って置けない雰囲気が漂う。放課後、彼の研究室に顔を出すのは僕一人。後は輪番で、花壇に水やりする生徒がいるくらい。実質、前世で言うところの園芸部と変わらない。僕は冒険者になるために、土属性スキルをゲットするために入会したのだけど、何だか先生の茶飲み友達のようになってしまった。


 彼の話を聞いていると、方向性自体は合っているのが分かる。前世では、土属性スキルで農業改革を起こして成り上がる物語なんて、それこそ定番中の定番だ。しかし何が問題かというと、彼の土属性スキルのレベルの低さだ。


 この研究室で見つけた魔導書のうち、土属性のスキルは「ロックウォール」「石礫ストーンバレット」「ランドスケイプ」「ゴーレム作成」「鋭敏キーン」の5種類。このうち農業に活かすなら、地形や地質を操作するランドスケイプのスキルになるだろう。ところが、先生は典型的デスクワーカーで、ダンジョン攻略は王都の貴族学園で実習に入ったきり。すると、スキルのレベルが上がらない。


 ランドスケイプは、スキルレベル1で泥沼クワッグマイア、スキルレベル2で砂地サンディソイル、スキルレベル3で腐葉土ヒュムスのスキルを得られる、と書いてある。しかし先生は、スキルレベル3に上がるまでのレベルが足りないのだろう。その先、掘削やら硬化やら、農業に役立ちそうなスキルがあるのに、勿体無い。彼に足りないのは、経験値だ。研究のではなく、物理的な。力こそパワーである。


 まあこちらの人は、レベルやスキルポイントなんて知らないだろうから、無理もない。僕だって土曜日、初めて『ステータスオープン』(しかも日本語)について知ったばかりだ。そして「魔導書には書いてあるのに何故か使えない」スキルに頭を捻りながら、それでも地道に研究を重ねる先生の姿勢に、つい応援したくなる。コーヒーをいただきながら、彼の研究について樹形図のようにチャートにまとめて思考の整理を手伝うと、彼はいたく感動してくれた。今後ループ何周目か、気が向いたら研究を手伝うことにしよう。


 ここでの収穫がもう一つ。それは、新聞が読めることだ。この世界にも新聞はあるが、まだまだ一般的に読める代物ではない。実家で一部、そして学園で数部を取っているようだが、何日か遅れて、この研究室にも回って来るのだ。それに気付いてから、僕は主要なニュースをノートにまとめるようになった。ノート自体を次のループに持って行くことは不可能だろうが、記憶に留めておけば、きっと役に立つだろう。もしかしたら今回でループは終わってしまって、3年後以降も続いて行くかも知れないが、それでも世情にアンテナを張るのは悪いことではない。ああ、この世にロトくじがあればな。番号を覚えておけば、次のループで一発当てられそうなものなんだけど。


 お茶菓子を調達し、カバネル先生の研究室を訪ね、時に花壇に水やりをしながら、雑談して新聞に目を通す。僕の学園での日常は、そうして過ぎて行った。

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