ラーメン二つ(12月14日)



 卵色の縮れ麺が、スープの中で輝いている。

 緩む鼻を何度もすすって、熱い麺を口の中に掻き込んだ。日の落ちた外は冷え切っている。雪が降る予報だ。

「おっちゃん、煮卵追加してもらえる」

「あいよ」

 なじみのラーメン店の店長は、無駄のない動きで小皿に煮卵を盛りつけてカウンターに出してくれた。由高はそれを食べかけのラーメンに投入する。替え玉も頼もうかな。部活帰りは腹が減る。

「おじさん、私にも」

 隣で、ちるちると小さく麺をすすっていた春佳が、そっと手を挙げた。

「奢ってくれるんだよね?」

「もちろん」

 こちらを向いて訊ねる春佳に頷いて、最後の麺をず、とすする。絡んだスープが喉に沁みていく。

 春佳はグレーのコートを膝に掛けて、ときどき落ちてくる横髪を耳に引っかけながら、ゆっくりとラーメンをすすっていた。鼻の頭と目尻が赤い。その丼の中身が、ようやく半分になるのを待って、由高は替え玉を頼んだ。

「女子ってそれで腹が足りるの?」

 由高が問うと、春佳は軽く頷いた。

「食べようと思えばもう少しくらい食べられるけど。足りないってことはないね」

 春佳は煮卵を、ラーメンの具ではなく付け合わせにするらしく、盛りつけ自由のネギと生姜を小皿の中に入れた。

「言っておくけど、女子がじゃなくて私がだからね」

 こういうところ、春佳はきちんとしている。

「ん。さみぃのに、付き合ってくれてありがとな」

「いいよ、奢りだし。飽きたんでしょう?」

 ――ひとりでごはん食べるのに。

 そう、何でもないような平坦な声で春佳が言うので、由高も、ん、と、素直に頷いた。

 職場の事故で、先週から由高の父は入院していた。父ひとり子ひとり。どうせ部活でいつも帰りは遅い。学校帰りは、部活仲間や残業だった父と、ここでラーメンを掻き込んでから帰ることも多かった。だからいつもと変わらない。と、思っていた。

「いつもなら、部活の奴らが誰かしらいるんだ。でも、今週はなんか、タイミング悪くて」

 生徒会にいる春佳とは、基本、帰り時間が合わない。けれど今日、部活前にたまたま廊下ですれ違ったとき、由高は思わず春佳を誘っていた。

「いいよ。ていうか、そういうことなら普通に呼んでよ。付き合ってるんだから」

 白い湯気をたてる麺に、そうっと息を吹きかけながら、春佳は言う。

 替え玉が由高の丼に加えられる。

 ひとりで食べていたとき、替え玉はしなかった。まるで一日の終わりを急かすように、口に掻き込んで、帰って、寝た。早く、朝が来るように。

「ひとりで食べるご飯は、ときどき寂しくなるもんだよ」

 私は寂しがり屋だから結構あるよ、と。

 春佳が煮卵を咀嚼しながら言う。

 ああ、くそ。

 由高は内心で降参の白旗を振った。

 自分の彼女が、格好良くて困る。

 由高は、スープに沈んだ二杯目のラーメンを、ゆっくり箸で持ち上げて、すすった。

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