念仏嫌いのお客様(12月16日-12月31日)


 今日から、お客様を迎える準備で、仏壇を閉めないといけない。

 それから、竹と飾り物を買いにいく。あと藁。うちは全部手作りするから。

 高校から帰ってすぐ、私はお母さんの車に乗って、近所の大型ショッピングモールに出かけた。一階のホームセンターや園芸店で、大体は手に入るけど、飾りは少し凝りたいので、雑貨屋や手芸店にも行く。あとは、

「美味しいお茶を買おうよ、疲れてやってくるんだし」

「そうね。あ、でも、お茶菓子はいつものね。あの方、あのお店の最中が大好物だから」

「お酒は?」

「それはあとにしましょ。どんちゃん騒ぎで結局買い足すことになるから」

「……ねえ、入浴剤とか、使うかな? 去年は、足つぼマッサージ器うれしそうに使ってたよね」

「いいんじゃないかしら。あ、あと座布団。そろそろ新しく買い替えなくちゃ」

 私は、凝りや疲れに効くという温泉の素を選んで、買い物カゴに入れた。

 あらかた買い終えて、ショッピングモールを出ると、お母さんは車を老舗の布団屋さんに向かわせる。ふっくらとした高級座布団をひとつ、買って、大量の荷物とともに家に帰った。

 荷物を家に運びながらちらりと和室に目を遣ると、仏壇の戸が開いていた。

「お母さん、お仏壇開いてるよ」

「あらやだ、忘れてた。閉めて閉めて」

 はあい、と返事をして私は和室に行く。仏壇の奥には、ご本尊とその両脇に掛け軸がかけられている。掛け軸の文字を眺め、それに一度頭を下げてから、私は仏壇の扉を閉めた。ごめんなさい、昨日いっぱい言ったから。一年の長旅で疲れているお客様を、心からおもてなししたいから。お客様は、念仏が大嫌いなのだ。

 竹を立てて菰を巻き、手芸店で買った金銀の水引や、雑貨屋で見つけた縁起物、藁を編んで作った注連縄で玄関を飾る。お客様はいつも、年が明けた瞬間にやってきて、数日我が家で旅の疲れを癒して、再び旅立っていくのだ。

 お寺の百八つ目の鐘の音が、遠く澄んだ夜空に消える。

 同時に、我が家の古い玄関戸を叩く音がした。

「いらっしゃいませ、年神さま」

 家族でお迎えしたそこには、子供ぐらいの背丈に、裾が余るほど大きな羽織を着た、念仏嫌いなのにお地蔵さまみたいな顔をした神様がいらっしゃった。

「どうも、明けましておめでとうございます。今年もお世話になります」

 年神さまはそう言って、にっこり笑って、ぺこりと深く頭を下げた。

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12月のある日のショート・ショート 菊池浅枝 @asaeda

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