第2話 ミミック専用スキルボード

上も下も分からない。

そんな真っ暗闇に包まれて、俺はプカプカと浮いていた。


……いや、マジでほんと、どうなってんの?


ミミックに丸飲みにされた、そこまでは覚えている。

ミミックは横が俺の肩幅よりちょっと大きくて、高さは俺の膝元くらい。俺は身長が175cmあるので、それが具体的にどれくらいの大きさなのかはまあ推して測るべし。


とにかく不思議なのは、その程度の大きさのミミックに俺の体が丸ごとすっぽりと入ってしまっているということだ。

しかも、両手を拡げることさえできる。


「あー、あー、あー……声も響かないのか……」


この空間、壁も地面も天井も無い。

だから音が反響しないのだ。

しかも無重力っぽいし。

とにかく世界のあらゆる物理法則が無視されている気がする。


……あれ、もしかしてこれって死後の世界だったりする?


そうやって俺が自分の生死さえ疑い始めた時だった。


「……っ!?」


唐突に体が引っ張られた。

体が上へ上へと上昇していき、そして──


ペッ!


唾を飛ばすときみたいな音と共に、俺は"外"へと放り出されていた。


「うおっ……!?」


おっとっと、と。

辛うじて転ばずに俺は地面に降り立った。

辺りは先ほどいた地下5階層の行き止まりではなくなっていて、全体的に暗く、広い部屋の中といった雰囲気だった。

振り返ればそこには俺を吐き出したらしいミミックが鎮座していた。


「……えっと、どこだここ?」


〔……〕


「お前が連れて来てくれたのか?」


〔……〕


ミミックの反応がない。

どうかしたのだろうか?

近づいてみると……


〔ギシャアッッッ!!!〕


「ひぃっ!?」


めちゃくちゃ牙を剥かれて、あと少しで噛みつかれるところだった。


「……!? どういうことだっ? 俺は確かにお前をテイムしたはず……あれ?」


このミミック、さっき見たミミックとは宝箱の装飾が違う。

間違いない。

俺はミミックのことを人の顔レベルで判別することができる。

その俺がそう感じるんだから間違いない。


「じゃあ、お前にも」


テイム……成功。

ミミックはすっかり大人しくなり、俺に懐き始めた。


「さて、じゃあ状況の整理だな……いてて」


俺は傷ついた体を少しでも休めるため、ミミックの隣に座ることにする。


「ええっと……スキルボードは開くかな?」


血を拭ってからミミックに手を添える。

……開かない。


「まさかとは思ったけど」


俺は肩の結構深い傷へと手を当てて血をつけると、その状態で再びミミックへと触れた。


──ピコン。


スキルボードが出現した。

どうやら俺の血に反応して開く仕組みらしい。


「マジかよ……ミミックのスキルボードを使う度に出血しなきゃいけないわけ……?」


結構な負担だ。やめてほしい。

とはいえ、そもそも【ミミックのスキルボードを使う】っていうのが結構なパワーワードなんですけど。

世界で初めて俺が使ったんじゃないか?


「聞いたことないって……モンスターからスキルボードが出るなんてさ」


〔ミィ?〕


俺の独り言を話しかけられていると勘違いしたのか、ミミックが返事をしてくれる。

ああ、やっぱ可愛いわぁ、ミミック。

頭(宝箱の上蓋部分)を思わずナデナデしちゃう。

なんでみんな嫌いとか言うんだろうな?

こんな無骨な宝箱から舌だけ出してる姿とか超チャーミングだと思うんだが。

主食は人だけれども。


「まあいっか。スキルボードについて深く考えるのは今じゃないよな。おかげで助かったわけだし」


〔ミィ!〕


「さて、それじゃあさっき習得させたスキルについて詳しく見ていくか。急いでたからどうなったか分からんし」


俺はスキルボードにへと目を落とした。


移動Lv1●

└マーキング●


「……あれ?」


おかしい。

俺は確かスキルポイントのほとんど全てを注ぎ込んだはずなのに。


「それなのに、【移動Lv1】と【マーキング】しか習得されてないのか……?」


ミミックしかテイムできない俺はスキルポイントをかなり持て余していたから、低く見積もってもあの時100ポイント分は溜まっていたと思う。

それでもスキル習得分のポイントに足りなかったのだろうか?


スキルボード上の【移動Lv2】の文字をタッチして習得に必要なポイント数を出そうとする……が、しかし。


「あれっ、無いぞ?」


なんとスキルボードには【移動Lv1】以上のレベルが無くなっている。

これはいったい……


「あ、もしかして、そういうことか?」


このミミックは先ほど俺が全スキルポイントを注ぎ込んだミミックではなかった。つまり同一個体ではない。だからスキルが引き継がれていない……?


「マジかよ……」


俺、早まったか?

あのミミックに再び会えない限り、俺が使ったスキルポイントは全て水の泡ということになってしまうじゃないか。

ちくしょう、スキルポイント、もっと多く残しておけば……


「いやいや、まだだ。まだ諦めるな」


スキルの詳細を見るまでは何が起こるか分からない。

まずはスキルボードの【移動Lv1】の文字をタッチして詳細を開く。


移動Lv1:必要ポイント=2

詳細:異なる個体へ移動する(幸運Lv1)


異なる個体へ移動する、か。

やっぱり俺の思った通りだが……この文面を見るに、さっきのミミックに移動できるってわけでもなさそうだ。

あと、カッコの中の幸運っていうのが気にかかる。

レベルに応じて移動先が異なるのだろうか?


続けて【マーキング】も見よう。


マーキング:必要ポイント=1

詳細:個体を特定する


「ああっ、なるほどっ!」


合点がいった。

同時にめちゃくちゃ安心する。

俺のスキルポイントは無駄にはならなかったのだ、と。


この【マーキング】の説明、つまりは常に同じミミックに移動できるようになるってことだろう。


「このミミックの【移動】スキルがLv1までしか無いのも、さっきのミミックにしか戻れないからLv2以降が必要なくて消えたんだ、きっと」


ウンウン、そういうことね。

良くできてるなぁ。

よし、そうと分かったならさっそく元の場所に戻って……


「……いや、それはまだ危険か」


あの地下5階層にはまだ異階層から現れたモンスターが大量に居ることだろう。

異階層自体は放っておいても数日から数カ月くらいで勝手に消えるらしい。しかし哀しいことに、他の階層に出ていったモンスターたちは勝手には消えてくれないのだ。

きっとそいつらを完全に駆逐するのにはS級やA級の冒険者が何十人がかりになって1カ月はかかる。


「……帰りのルートについては分かってよかったけど、まずはどこかも分からないこの場所で生き抜くところから始めないとダメだな」


俺は痛む体で何とか立ち上がり、周辺の探索を始めることにした。

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