第54話☆vs咲来?
「いっ…!」
まどかさんがタップした。飛びつき腕十字、だいぶ様になってきた。相手に飛びついて倒し、そのまま腕十字固めに入る。倒してから動きの無駄なくスムーズに技に入れれば極めやすい。そこまでの動きをまどかさんと反復練習しているのだ。
「前田さんいい感じだね。試合でも十分通用すると思うよ」
「ありがとうございます!」
数か月前はグラップリングスパーで好き放題締め上げられたまどかさんに褒められると何だか上手くなった気がする。今月の交流試合で試すのが楽しみだ。
咲来は莉子さんに定番のプロレス技を一通り教えてもらい、得意の打撃に加えてさらに攻撃力が上がっている。この冬は苦手な筋トレにも取り組んで首もかなり強くなった。
「はーい、陽菜と咲来集合」
「はい!」
咲来と私はそれぞれ相手に礼をして美月先輩のところに集まった。
スウェットにTシャツといつも通り飾り気が無い。でも大学生がやると妙に大人っぽく見える。
「今週末、連盟の交流試合だっけ?」
「はい」
「秋以降それぞれ課題持ってやってきたから、前よりいい試合ができると思う。楽しみなのはわかるけど力み過ぎて空回りしないようにね」
何で私の方を見ながら言うんだろう。確かに前は試合後半で自分の課題を忘れてがむしゃらになっちゃったけど。
今回はこれまでやってきた防御の方は継続してやりつつ、攻撃面でいろいろ試したい。冷静に相手の動きを見て、いろんな技の種類で多角的に攻めていく。練習通りできれば大丈夫なはずだけど、リングに上がると頭から吹っ飛んでしまいかねないから恐ろしい。
「ま、試合の雰囲気の中でどこまでできるかっていうのも場数と経験が必要だし、それも練習だと思って一試合一試合無駄にしないようやってきな」
「はい」
「そういえばさ」と思い出したかのように美月先輩は続ける。
「陽菜と咲来って、試合したことある?」
思わず私たちは顔を見合わせた。言われてみればないかも。
「咲来とですか?試合はないです。でも毎日のようにスパーはやってます」
「そっか。2人しかいない部内じゃなかなかやんないか。じゃあさ、今度ここでやってみなよ」
何だろうこの気持ち。こんなにずっと近くで見てきたはずなのに、急に咲来が得体のしれないものに見える気がした。
「別に強豪校じゃ校内のリーグ戦なんて珍しくもないんだし。それに、来年後輩入ってくるかもでしょ。どっちが強いのか、はっきりさせといた方がいいんじゃない?」
美月先輩はいたずらっぽく私と咲来を見比べる。咲来も少し戸惑っているように見える。
キャリアは私が長いし、学校の練習では私から教えることが多い。負けるはずないと無意識に思っていたかもしれない。
でも咲来はこの1年で強くなった。しかも武道経験者だ。プロレス的な強さだけではなく格闘家としての強さもある。何より打撃戦に持ち込まれたら分が悪い。お互いの戦闘スタイルを知り尽くした咲来が私に対してどんな攻め方をするのかは正直想像がつかなかった。
「そうですね」
いつかは戦う日が来るとわかっていたのか、自然と口が動いた。いざ口にしてみると頭がすっとクリアになる。
「咲来、勝負しよう」
今まで見て見ぬふりをしていた。私たちの間で勝敗がついてしまうのが少し恐かった。でもこんなに身近に、素晴らしい対戦相手がいるのに戦わないなんてもったいない。
「うん」
咲来も真っすぐこっちを見て頷いた。不安と楽しみが入り交じったような目だ。それでも怯えはない。咲来も当然勝ちに来るだろう。
私たちの対戦は交流試合の翌週に決まった。
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