第53話

月が二桁になると時間はあっという間に過ぎる気がする。ついこの前10月になったばかりなのに気付けばもう年末が近づいている。何なら少し前までセミが鳴いていた気さえしているけど、もう朝晩はコート無しでは自転車に乗れない季節になっていた。


落ち葉で覆われた通学路を自転車で突き進む。乾いた葉を踏んだ時のぱりっという音が小気味いい。

咲来は相変わらず朝練には出てこないので、いつも通りサンドバッグが相手だ。この半年、毎朝キックの練習をしたおかげで随分上達した。私の投げ技を警戒して間合いを取るならこのキックをお見舞いしてやるんだ。

最近はサンドバッグを使った一人練習のメニューを増やしていて、ラリアットやマットを敷いてドロップキックの練習もしている。飛びつき腕十字で相手の身体に飛びつく時の感覚を掴む練習にも使えそうだけど、これはやっぱり人が相手がいいなと思う。


放課後の練習は美月先輩に教わったことを咲来と反復練習したり、フィジカル強化のトレーニングに時間を割いた。いろんな技を扱う上で、まずは土台となる身体作りが大事だ。怪我を予防する意味でも筋力と柔軟性は欠かせない。

咲来は相変わらず線が細いけど、入部当初より力はだいぶ強くなった。技のコツを掴んできたのもあって私をボディスラムでひょいと投げられるくらいにはなっている。


この数か月の練習のおかげで使える関節技が増えた。今まであまり得意ではなかったこともあってほとんど練習してこなかったけど、やってみると奥が深くて面白い。どの技もいくつかの工程があって、一つずつ進めていくことで技が完成する。相手は常に抵抗してくるのでそれに随時対処しながら、パズルのピースを埋めていくみたいにして完成形に持っていくのだ。

極まってしまえば相手にどれだけ体力があろうと関係ない。試合開始数秒で勝敗が決してしまう可能性を秘めている。自分が練習してみて改めて関節技の恐ろしさがわかったし、かけ方がわかれば逃げ方も少しわかるようになったと思う。


「じゃあ2人ともお疲れさまでした。良いお年を」

「ありがとうございました!先生も良いお年を!失礼します」


堀田先生とのミーティングを終えて私と咲来は説教部屋を出た。

今日は年内最後の練習日。二学期の終業式はもう終わっていて冬休みが始まっている。校内には部活で来ている人と、大学受験を控えて学校で勉強している3年生がいるだけで閑散としている。


「咲来はお正月何するの?」

「ゲームかな。小山ちゃんとも約束してて」

「2人とも飽きないねー」

「前田ちゃんは?」

「うちは毎年おばあちゃん家で過ごすの。多摩の方だから都内なんだけどね。でも弟が文句言わないか心配だよ」


絶賛反抗期中の康太が行かないとか言い出して揉めるのかなと少し不安になる。家に残しておくと数日カップ麺しか食べないだろうし、無理やり引っ張っていくのだろうけど。


電車通学の咲来と話しながら学校の最寄り駅までやって来た。年内最後と思うとちょっと名残惜しくてつい話が止まらなくなってしまった。

駅前は人で賑わっていた。年末年始に備えて買い物する人たちや若者で溢れている。家と学校、翔瑛女子大を自転車で往復するだけの私はこういう街中に久しぶりに来たので、年の瀬だなと改めて実感した。


咲来と別れて自転車に乗って家に向かう途中、この一年のことがふと頭に浮かんだ。

毎日のように顔を合わせる咲来とだって知り合ったのがつい7か月前、まだ一年も経っていない。他にも公式戦と2度の交流試合があって悔しい思いもたくさんした。

何よりたくさん練習した。もう咲来には手の内全部バレてるといってもいいくらい一緒に練習したし、大学の人たちにもいろんなことを教えてもらった。毎回のことだけど、次の試合が楽しみだ。


駅から帰る道はよく知らなかったけど、見慣れた道路に出てきてほっとした。膝から下は風に晒されて寒さで肌が凍えそうだ。

早く帰ろう。ふっと息を吐いて練習で力尽きていた太ももの筋肉に気合を入れる。ペダルを踏む足にぐっと力を込めてスピードを上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る