第52話☆高山美優

電車が止まり扉が開くと乗客同士がぎゅうぎゅうになってホームに押し出されていく。人の波に乗ってやっとのことで駅から出た。道行く人たちは薄手のコートを着ている。空はどんよりとした色ですっかり秋の空という感じだ。雨が降り出しそうな暗さなのに、相変わらず駅前は人でごった返している。


「いやーもう来週が待てないよ、あ、陽菜こっち。先コスメ見ていい?」


あかねの韓国ドラマの話を聞きながら、人混みではぐれないように後ろからついて行く。今日のあかねはニットのトップスをスカートにインして可愛らしい帽子を被っている。周りより小柄だから人混みに埋もれないようぴったりと後ろをついて歩く。


「さらりんも来れたらよかったのにねー。陽菜は相変わらず暇人でよかったよー」


今日は部活が休みだ。少し前に中間テストも終わったし美味しいもの食べに行こうというあかねの誘いで、私たちはまた新大久保にやってきた。

ちなみに咲来にも声をかけたけど今日は彼氏と予定があるらしい。


「私だっていつでも空いてるわけじゃないからね。今日はたまたま…」

「わかってるよー、忙しいとこありがとね。あ、そこのお店寄っていい!?」


あかねに手を引かれるまま通りかかったお店に入っていく。

相変わらず私は化粧品にはまだ縁がない。あかねやクラスメートと話をしている間に興味は沸いてきたものの、どうせ朝練でめちゃくちゃになるから諦めている。


「この色綺麗」

「お、ようやく陽菜も興味持ってきた?私がいろいろ教えてあげるよー?」

「うーん。でも練習したら落ちちゃうしなぁ。今はまだいいよ」


高校卒業するまでにはあかねにいろいろ教えてもらおう。そう思っているとあかねが店の奥を指さしながら耳元で囁いた。


「ね、見て。あの人綺麗じゃない?。ほら、奥の方にいる背の高い黒髪ロングの。アジアンビューティーって感じしない?ああいうのにも憧れるなー」

あかねがアジアンビューティーっぽくなるとまた雰囲気がらっと変わるな。そう思いながらあかねが指さす方を見た。

人でごった返す店内だけど一目でわかった。周りよりも背が高く、綺麗な真っ黒の髪が異様なオーラを放っていた。でも私が気になったのはそれだけではなかった。見覚えがある、ような。

くるりと向きを変えたところではっと息をのんだ。


高山美優だ。

どうしてこんなところに。

ガン見し過ぎたのか、彼女もこっちに気付いた。


「高山、さん?」

「前田さん、お久しぶりです」


覚えててくれたんだ。4か月前に初めて会って試合しただけの私を。


「え、何?陽菜知り合い?じゃあ言ってよー。あたし小山あかね、陽菜の幼馴染なんだー」


知り合いって言えるようなあれじゃないんだけど。てかもう自己紹介しちゃってるし。


「高山美優と言います。前田さんとは以前試合させていただきまして」

「あーそうだったんだ」


そこからの展開はあっという間で、しかも予想外のものだった。

買い物した後に行こうと言っていたカフェに高山美優と3人で行くことになったのだ。

ばったり出くわしたあのお店で、コスメの話で盛り上がっていた流れで、


「あたしたちこれからカフェ行くんだけど、一緒に行かない?」


という突然の誘いを最初は遠慮していたけど、「もっとコスメの話したいし!」と言うあかねに、「じゃあご一緒させていただきます」となったのだ。あかねの異常なコミュ力の高さにはいつも驚かされる。


「いやー、陽菜は全然メイクしないからこういう話できなくてさー」

「あかね私が知らなくても関係なく喋ってるじゃん」

「だって陽菜は何でもちゃんと聞いてくれるんだもん。でもみゆちんめっちゃ詳しいねー。みゆちんとはいろいろ話せて楽しいよ」


飲み物を注文して待っている間にも2人の話は止まらなかった。といってもあかねが8割話している。


「私はまだいろいろと試行錯誤している段階ですので、小山さんのご意見はすごく参考になります」

「高山さん普段もメイクしてるの?」


同じように女子プロレス部に入っている高校一年生。でも圧倒的に上のレベルにいる高山美優がメイクもしっかりしているなら、何だかそっちも負けてられない気になってしまう。


「いえ。普段は練習がありますので。外出の時くらいです」

「それでこんなにいろいろ知ってるなんてすごいねー」

「プロレスは人前に立つ競技ですので、ある程度は身だしなみとして必要です。プロの選手になってから恥ずかしくないよう今のうちに練習をと思いまして」

「すっごいねー」


思わずあかねと声が揃った。もうプロの団体に入った時のことを考えているのか。

高山美優は今日は薄っすらとメイクしていて、試合で見る時とはまた印象が違う。ニットにロングスカートというシンプルで清楚な服装にもよく合っていた。まじまじと見る機会もなかったけど、見れば見るほど美人だ。


「そういえば、陽菜との試合ってどうだったのー?この子結構強いでしょ?」

「ちょっとあかね、高山さんは南関東ベスト4なんだよ」

「あっ、前言ってためっちゃ強い人ってみゆちんのこと!?あー理解理解。じゃあ陽菜ボロ負けだったのか」


ボロ負けってわけじゃ、とは言えなかった。あの試合では何もできなかった。それは私が一番よくわかっている。

でも高山美優の返事は意外だった。


「いえ、前田さんとの試合はとても楽しかったです。東京に来てよかったと思いました」

「え、何で?私あの時全然だったじゃん」


今の私はもう違うって暗に言いたくて、「あの時」に少し力がこもってしまう。でも私のちょっとした意地よりも高山美優の真意が気になった。


「前田さんは最後の最後まで諦めませんでした。一瞬でもスキがあれば私を倒そうと狙っている、そんな緊張感を感じました」


高山美優は嬉しそうに話した。確かに私はあの場で高山美優を倒すつもりでリングに上がった。サソリ固めでギブアップするその瞬間まで。


「私、高校入学までは長野県に住んでいて、中学1年で中部大会に進みました。2年生と3年生では全国大会まで出させていただくことができました」


長野県だったのか。だから初めて見た時知らない選手だって思ったのだ。中部大会は愛知県や長野県などを含むエリアの大会で、こっちで言う南関東大会だ。それに1年生で既に出ていたなんて。それに中2から全国に出ていたのか。


「中学2年生まではとにかく一生懸命で、練習したことを少しでも試合で実践できるよう努力していました。しかし、中学3年生の時はもうどうしたらよいかわからなくなってしまって」

「みゆちんが最強過ぎてもう練習することなくなちゃったの?」


いや、違う。かつて見た試合を終えた後のあの目、あの表情をふと思い出した。そういう雰囲気ではなかった。


「確かに、中学1年生以来、中部の選手に負けることはありませんでした。でも、その、私が望んだ試合ではなかったといいますか...」

「強すぎる高山さんに立ち向かってくる人がいなくなった」


言い淀む高山美優の続きを私が引き継いだ。高山美優は肯定するように目の前の紅茶に視線を落とした。改めて見るとやっぱり美人だなと脈絡のない感想が頭によぎる。


「最初は思い切り戦えていました。しかし軽く関節を極めるだけで相手の方はタップしてしまうようになり、私の中では勝負はここからという気持ちだったのですが」


勝ち目のない相手に早めに試合を投げ出してしまうのか。それだけ高山美優が圧倒的なのだろうけど、それじゃ対戦相手に失礼だ。


「だから私は推薦を頂いた東京の高校に進学することに決めたのです。東京は全国で一番競技人口が多いですし、関東はプロの団体も多いです。ここに来たらまた全力で戦える相手が見つかるのではないか、と」

「そっかー。強者にも悩みがあるんだねー。倒しても倒しても立ち向かってくる陽菜が面白かったんだ。でも確かに、あたしもどうせ一緒にゲームやるなら自分より強いくらいの相手とやった方がわくわくするもんね」


何でこんなにカッコいいのだろう。トップクラスの試合を望み、むしろ自分を倒してくれる人が現れるのを待ってさえいるみたいな。

今の私にはそんな余裕はないし、課題は山積みだ。でもいつか追いつき追い越してみせる。


「高山さん、また試合しようね」


高山美優は長い黒髪を耳にかけながら、微笑んで応じてくれた。


「はい。是非お願いいたします」

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