第13話 決闘

 次の日の正午。


 決められた集合時間に、決闘の開催場所であるギルド所有の訓練場に向かうと……そこには既に大規模な人だかりができていた。


「わあ、すごい人ですね……!」

「だな。 ……これ、そんなに面白いか?」


 B級とE級の決闘という、どう考えても勝敗など予め決まっているような戦いに、わざわざこれほどの観客が集まることに俺は素直に驚いた。

 もちろん俺はその「決まりきった結末」を覆すべく秘密の特訓を重ねてきたわけだが……そんなこと、俺とノエリナ(とリヒネさん?)以外誰も知る由も無いだろうに。


 ま、「二度とノエリナに近づかない」の言質を取らせるにあたっては、証人が多ければ多いほど有利なのでありがたいことではあるが。


 などと考えつつ、俺は訓練場のグラウンド中央に向かった。

 そこには既にロテンが待っており……その後ろには、見物に来た「オミクロン」の残り三人がいた。


「よう。マジでのこのこ来やがったか。ビビって逃げるほうに賭けてたんだがなあ」


 俺と目が合うと……ロテンは意地汚い笑みを浮かべながらそう罵ってきた。


「怪我は大丈夫なのか?」


 そんなロテンに、俺は心配の声をかける。

 というのも……ロテン、以前ほど全身包帯グルグル巻きではないものの、まだ数か所包帯やテーピングをしている箇所があるのだ。


 別に俺はロテンの身を案じているわけではない。

 ただ、負けた後に「あの時怪我していたから〜」などと言い訳されては面倒なので、どうせなら万全な状態のロテンと戦いたかったのだ。


「ふん、ちったあ痛むさ。けどおっさんが相手じゃ、これくらいのハンデでちょうどいいってもんよ」


 ロテンは軽く小馬鹿にしたように俺の心配を笑い飛ばした。


 いや、そういうのいいんだが。


「俺は正々堂々と戦いたい。別日にしたほうが良ければ待つぞ」


「おい、雑魚のくせにこの状態の俺に勝てるとか思い上がんじゃねえぞ」


「そういうことじゃなくてな。俺がこの決闘を受けることにしたのは、お前のダル絡みからノエリナを守るためなんだ。負けた後で『あの時は手負いだったから〜』なんて言われても困るんだ」


「な〜んだ、そんなことか」


 ロテンはハハハと高らかに笑った。


「何がおかしい」


「その心配はねえよ。なぜなら今回の決闘のルール、デスマッチにしたからなあ! 死人に口無し、負けた方は言い訳の機会も与えられねえんだよ」


 何かと思えば……俺の懸念事項は、斜め上の方向から解消されたのだった。


 デスマッチて。

 この程度のことで重すぎないかこのルール……。


「ま、おっさんに関しては『降参』って言って負けを認めるのもアリにしてやるけどな。死ぬ覚悟なんてねえだろうし」


「「「ギャハハハ!」」」


 ロテンが続けると……それに合わせ、「オミクロン」の残り三人が大笑いした。


 そうこうしていると、今回審判を務めるギルド職員が姿を現した。


「皆さんお静かに。行儀の良くない発言は控えてくださいね」


 その職員は初手からオミクロン全員を強めに注意し……それにより、一瞬の静寂が訪れた。


「両者準備はいいですか?」

「「ああ」」


 雰囲気は一変し、辺りにピリついた空気が流れる。


「では……始め!」


 そして職員の号令により、戦いの火蓋が切られることとなった。



「そりゃ!」


 まず先制攻撃を仕掛けてきたのはロテンの方だ。

 俺はそれを見て……警戒を強めざるを得なくなった。


「遅……」


 初手でロテンが俺にお見舞いしようとしたのはハイキックだったのだがーーその動きが、まるでスローモーションかのようにとろく見えたのだ。

 いくら蒼い兎で動体視力を鍛えたとはいえ……Bランク冒険者の動きがここまで鈍く見えるなんてことがあるだろうか。


 予想外の状況に、俺は罠を疑った。

 周囲の様子に一層の注意を向けつつ、俺はロテンの横に回ってみる。


「な……⁉」


 一方ロテンはといえば……俺が蹴りを避けたことに唖然としたかのように動きが固まった。

 おいおい。

 いくら罠だとしても、これは戦闘中に見せるとしてあまりにもデカすぎないか。


 どう判断すべきか迷った俺は、「オミクロン」の他三人の様子に目をやった。

 これがロテンの作戦なら、三人は冷静なままのはず。

 だが……振り向いた時目に入ったのは、外れんばかりに顎を大きく開いたまま微動だにしなくなった三人の姿だった。


 そこで俺は確信した。

 これは罠でも何でもなく……ただ単純に、俺がロテンを大きく突き放すだけの実力をつけてしまったのだと。


「ざけんなちょこまかと!」


 怒り任せに二撃目を入れようとするロテン。

 そこに――俺はカウンターを合わせに行った。


「ごっふぁっ……!」


 俺の膝蹴りがロテンの鳩尾にクリーンヒットし……ロテンは吐血しながら三メートルほど吹き飛ぶ。


「うおおおおおおっ!」

「まじかあああああっ!」

「すげえ、カウンターが決まった!」


 観客にとっては思ってもみなかった展開だったのだろう。

 野次馬の興奮は最高潮に達していた。


 その一方――ロテンはといえば、うずくまったままただピクピクするしかできなくなっていた。


「降参するか?」


 大の苦手で、大嫌いな奴とはいえ、盗賊でもない人間を殺す覚悟までできていなかった俺は、負けを認めてくれることに期待してそう聞いてみた。


「……」


「なあ、聞いてるか?」


「……るせ……な……わ……け……」


 やっと喋れるようになったかと思えば、微かに漏れ出る声でロテンは降参を拒否した。

 まだこの状況を覆す自信があるのか。



 仕方がない。

 明確に、どう考えても戦闘続行が不可能な状態にするしかないな。


 俺はロテンの関節という関節を、降参の声が上がるまで次々外していくことにした。


 まずは肩。


「……うぎゃああ!」


 今の俺の腕力だと、簡単に関節は逆方向に捻れ……ロテンは苦悶の声をあげた。


 次は肘、そして膝。


「あがっ、ぎゃああ!」


 流石にちょっと可哀想になってきたな。

 というか、このまま続けると俺の心象が悪くなってしまいそうだ。

 俺はともかく、ノエリナのためにもそんな本末転倒な結末は避けたい。


 もう十分ロテンは戦闘不能だと判断した俺は……ふといい案を思いつき、ロテンを抱えあげた。

 そして俺は、「オミクロン」の他三人のところへ彼を連れていった。


「「「ひいいぃぃ!」」」


 いつもと違い……近づいてきた俺を見て、生まれたての小鹿のように怯えて震える三人。


「お前らさ……代理で降参って言ってくんね?」


 そう。俺が考えた案とは、ロテンに変わってパーティーの総意としてロテンの敗北を認めてもらうという案だ。

 格闘技でも、セコンドがタオルを投げ入れたら勝負ありみたいなルールあるしな。

 一度デスマッチで始まってしまっている勝負にそれが適用可能かは分からないが、一か八か似たようなことをやってみることにした。


「こ、降参します、します!」

「だからもう解放してあげてください、一生のお願いです!」

「わ、私も! ……ロテンがあの小娘にご執心だったの、実は気に食わなかったし……」


 思惑通り……彼らは秒で降参を宣言してくれた。

 テイーサに関してはなんか別に私情が挟まっている気もするが、こちらの状況に有利な発言には変わらないので一旦不問に付そう。


「審判さん、これで勝負ありってことでいいか?」


「ええ。片方が勝手に決めたデスマッチルールは、もう片方の勝利が明確な場合に限り、もう片方の意思によってのみ取り下げ可能ですからね」


 ……なんだ、俺の意思一つでデスマッチは取り下げ可能だったのか。

 もうちょっと学があれば、予めガイドラインを隅々まで読んで把握できてたんだがなあ。

 ……ロテンがデスマッチを採用すること自体想定外だったんだから、しょうがないっちゃしょうがないが。


「では……勝者、ネヴィンさん!」


「「「うおおおおおおっ!」」」


 こうして大歓声に包まれる中……今回の決闘の決着がついたのだった。

 この結果に、ノエリナは心底安堵したように胸を撫で下ろしていた。

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