第11話 蒼い魔物討伐大作戦――1

 会計を済ませ、店を後にした俺たちがまず最初に向かったのは、オルコスの取引所だ。


 ノエリナの索敵能力は確かに凄いのだが……強さが分かる半径が百メートルでは、珍しい魔物をピンポイントで探すにはいささか心許ないからな。

 針金を変えれば範囲が広がるとのことなので、まずは質のいい針金を新調するためにお金を引き出そうってなわけだ。


 本来、長期投資をこんな頻繁に出し入れするのはナンセンスではあるのだが……数日内に3ランクも格上の相手との決闘が控えているというのっぴきならない状況下では、そんなことも言ってられないからな。

 俺は迷わず全額引き出した。


 ちなみに今日時点での評価額は、一昨日購入した日から1%ほど上がっていた。

 だから何だって話だが。


 取引所を後にすると、俺たちはその足で金属製品を扱うお店に向かった。

 俺の手持ちだと、そこそこ純度の良いミスリルの針金をギリギリ二本買えるくらいだったので、俺は迷わずそれを購入することにした。


「どうだ? 持ってみた感触は」


 早速針金を真ん中で折り曲げ、ノエリナに渡して感想を聞いてみる。


「……素晴らしいです。これなら半径二キロくらいは魔物の強さ含めて測れます!」


 結果は……とんでもないレベルで精度が向上していた。

 二キロて。

 針金を変えるだけで二十倍も能力が跳ね上がるって、もはや意味不明なレベルだな……。


「ありがとうございます。なんだか申し訳ないです、こんな良い装備新調してもらって……」


「良いんだ。これで目論見通り蒼い魔物がたくさん見つかれば、元なんてすぐ取れるからな」


 嘘は言っていない。

 なんせあの狼と同じ魔物を一匹狩れば、それだけでペイするんだからな。


 俺一人じゃいつまたそんなご縁があるか分からないし、この索敵を時短できるなら、むしろ得しているのは俺のほうだと言っていいだろう。


 ……なんて取らぬ狸の皮算用をしている場合ではない。


「じゃ、行くか」


「ええ、そうですね!」


 期限も短いんだし、早く実際に狩りをスタートしないとな。

 店を後にすると、俺たちはすぐに街の外へと向かった。


 ◇


 さて、問題はじゃあどこで蒼い魔物探しをするかだが……この点については、ノエリナの方からこんな提案があった。


「私はマトゥヴァルドの森とか良いんじゃないかと思うんですけど、いかがでしょうか……?」


 ノエリナの言う「マトゥヴァルドの森」とは、街の北に位置する、主にクロマツが生えている森のことだ。

 上空から見ると虹の孤のような形状をしているとのことだが……実際上から見たことがないので、それが本当かどうかはよく分からない。


 それ以外は特筆することも無い、棲んでいる魔物のレベルも中の上程度の森だって聞いたことがあるんだが……なぜノエリナはそこを推すのだろうか。


「理由は?」


「実は……マトゥヴァルドでは一週間前くらいから、冒険者の不審死が相次いで出たんです。そのことはギルドも問題視していて、『調査が完了するまでは行くのを控えてください』と注意喚起しているくらいでして……。私にもギルドから調査の指名依頼が来ていたんですけど、今まで怖くて断っていたんです」


 尋ねてみると、そんな回答が返ってきた。


「なるほど。確かにそれは、蒼い魔物の仕業の可能性が高そうだな」


「……ですよね」


 蒼い魔物の生息域などに関する情報を一切持っていない今、謎の不審死という情報は現時点での最有力ソースと見なせるだろう。


「じゃ、行くか」


「はい!」


 とりあえず、最初の行き先はマトゥヴァルドで決定することにした。

 仮にこの推測が外れていたとしても、今のノエリナの索敵能力なら初見殺しに引っかかる心配もないだろうから、別の原因を恐れて行くのを躊躇う必要はないしな。


 ◇


 マトゥヴァルドの森にて。

 俺たちは、中へと歩みを進める前に、一旦作戦を確認することにした。


「ノエリナ……さっき喫茶店で蒼い兎の気配について聞いた時、『背筋が凍るような禍々しいオーラを感じた』って言ってたよな」


「ええ」


「その『禍々しいオーラ』って、普通の魔物からは、たとえどんなに強い魔物だとしても感じないんだよな?」


「私自身、全種類の魔物の気配を感じたことがあるわけではないので断言はできませんが……あのオーラは昨日初めて感じたので、その可能性は高いかと」


「分かった。じゃあ、同じく『禍々しいオーラ』を感じる魔物が半径2キロ以内にいたら、そこへ案内してくれ。逆に、オーラを感じない魔物は極力避けるコースを案内してくれ」


 俺は今まで、マトゥヴァルドの森に足を踏み入れたことはない。

 なぜなら、ここに棲む通常の魔物相手には全く歯が立たなかったからだ。


 ここで俺に倒せる敵がいるとすればそれは「蒼い魔物」のみなので、在来の魔物との遭遇は避けるべく、そうお願いしたってわけだ。


 ま、今後「蒼い魔物」を倒しまくって、力の流入で素の戦闘力も上がってきたら、実力確認がてら在来種と戦うのも良いかもしれないがな。

 それはあくまで後の話だ。


「今んとこ『禍々しいオーラ』は感じるか?」


 作戦会議はもう十分なので、早速森の索敵に入ってもらうことに。


「うーん、ここから探れる範囲だといないですね」


 流石にそうそう簡単には見つからないか。

 数も少ないレア魔物だろうし、まあこの返事は想定の範疇だな。


「じゃ、適当に進んでみようか」

「そうですね!」


 こうしてしばらく、俺たちは探知範囲内に蒼い魔物が入るまで森の散策を進めることとなった。



 約十分後。


「……あっ!」


「どうした?」


「見つけました!」


 唐突にノエリナが声を上げたので何があったのか尋ねてみると……ついに探知範囲内に蒼い魔物が入ったようだった。


「どの辺りだ?」


「北西の方角に……だいたい十匹ほどです!」


「じゅ、十匹⁉」


 場所を尋ねると……回答と共に、驚きの新情報も入ってきた。

 十匹て。

 全然いないかと思いきや一気に大量に見つかったな……。


 蒼い魔物にも、群れで生活するタイプがいるのか。

 蒼い魔物は、蒼いという点と(通常の冒険者にとっては)異常に強いという点を除けば普通の魔物と特徴は似ているので……蒼いゴブリンか何かかもしれないな。


「行ってみよう」


「了解です!」


「ちなみに最短ルート上に禍々しくない魔物は?」


「現時点ではいないです」


「了解。じゃあ最短ルートで」


 俺たちは小走り気味に魔物の群れへと向かっていった。



 群れから250メートルほど手前の地点にて。


「あっちにまっすぐでいいんだよな? ここから先は俺だけで行く」


「分かりました」


 再度標的の方向を確認した後、俺はノエリナに待機指示を出した。

 蒼い魔物に相性で勝てるのは俺だけだからな。

 昨日の兎が索敵範囲外からノエリナに急接近したって話も聞いたし、あんまり二人で近づくと敵の先制攻撃は怖いので、俺はこのあたりで別行動することに決めたのだ。


 相手がゴブリンなら、敏捷性の点では兎ほどではないかもしれないが……魔物の種別自体、俺の憶測でしかないからな。


 確認した方向に進んでみると……確かにそこには、小鬼のような見た目の魔物が群れをなして棲み着いていた。

 ちゃんと全員蒼いオーラを纏っている。


 試しに俺はその辺の石を拾い、手前側にいるゴブリンに向かって投げてみた。

 俺は投擲のセンスも無いので、石は明後日の方向に飛んでいこうとしたが……次の瞬間、目を疑うようなことが起きた。

 ――石の軌道が急カーブし、加速して赤熱しながらゴブリンの心臓を貫いたのだ。


「グギャッ!」


 標的となったゴブリンは叫び声をあげた後、倒れて動かなくなった。


「……は?」


 思ってもみない光景に、俺は逆にぽかんとしてしまった。


 蒼い魔物との相性って……こんな形でも補正が入るのか。

 流石に予想外だったな。

 当てられずとも、相手に俺の存在に気づかせて、こちらに向かってきたところをカウンターで仕留められればいいと思ったのだが。


 などと思っていると、二匹目以降はその対応になりそうな状況となった。

 ゴブリンが一匹派手にやられたことで、こちらに気づいた残り九匹が怒りを露わにこちらへ向かってきたからだ。


 どうせ相手からの攻撃は効かないだろうと思い、相手の攻撃を受けながらカウンターを入れる形で次々沈めていく。

 約十秒で、俺はゴブリンの群れを殲滅させた。

 次の瞬間、十匹分の力の流入がまとめて起きたからか、俺はまたそこそこ強力な力が流れ込んでくる感覚を味わうこととなった。


 その感覚を嗜んでいると、背後からガサガサと音がして、ノエリナが姿を現した。


「ネヴィンさ〜ん! やりましたね!」


「ああ」


「禍々しいオーラ」が消えて、安全になったと分かってから来てくれた感じか。


「さ、次はどっちに進もうかな」


「それなら東の方角がいいと思います。ここへ来る途中で、別の禍々しい反応も引っかかったので」


「お、それは幸先がいいな」


 ノエリナが次の標的を見つけてくれていたので、俺たちはそちらへ向かうことに。

 今日一日、このペースを維持できるといいな。

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