第9話 喫茶店で話していると……
次の日の朝。
開店五分前くらいに、喫茶店の前に到着すると……昨日の少女は既に先に来ていて、ドアの前で待っていた。
「あ、昨日の……!」
「お、おう、昨日の……!」
目が合った瞬間、俺たちは挨拶を交わそうとしたが……二人揃って、途中で言葉に詰まってしまった。
あれ、なんて言おうとしたんだっけ。
……あ、そうか。
名前を聞いてなかったから、名前を呼ぼうとして言葉が出てこなくなってしまったんだ。
「そういえば、昨日あんなに喋りながら街まで歩いたのに自己紹介もまだだったな。俺はネヴィンだ、よろしく」
「私はノエリナと言います! 命の恩人のお名前もお伺いせず……私ったらすみません!」
遅ればせながら、俺たちはお互いに自らの名を名乗った。
「いやいや、気にしなくていいんだ。覚えてもらうほどのものでもないし」
「そんなことないですよ! ってか、なんであの兎を倒せるほどのお方が自分の価値に自信がないんですか……」
そりゃしょうがないだろ。
一昨日初めて蒼い狼を倒すまでは、相性が良い魔物がいることを知らないどころか、普通の兎すら倒せないような人間だったんだし。
なんて考えていると、開店時間となり、店のドアが開いた。
「お、お待ちかねの時間ですね! いっぱい美味しいもの食べましょ」
「そうだな」
俺が到着した時には既に店の前に行列ができていたのだが、ノエリナが先に並んでてくれたおかげで、俺たちは一組目として案内してもらえた。
奥の方のゆったりとした席に案内してもらい、最初の注文を終えると、俺たちはお互いのことについて改めて話をすることにした。
「そういえば……ネヴィンさん昨日、『蒼い兎が出たと聞いて、倒すために探し回っていた』とか言ってましたよね。そんなニッチな目撃情報、いったいどこで仕入れてたんですか?」
まずはノエリナから、そんな質問が飛んでくる。
「たまたまだよ。それこそ俺、昨日もこの喫茶店に来てたんだが……お会計をしようかってくらいの時に、『オミクロンのメンバー全員が重傷を負った』って速報が入ってきたんだ。んで、原因は何だって話の流れになって……負傷したメンバーが『蒼い兎はヤバい』的なうわ言を言ってたって聞いてさ。だからほんとに偶然だし、そもそも目撃情報ですらないな」
俺は昨日のことをありのまま話した。
すると……ノエリナは苦い顔でボソッとこう呟いた。
「ああ、オミクロン……」
名前を聞いただけでこの反応……どうしたのだろうか。
「なんだ、もしかして、あいつら嫌いなのか?」
気になって尋ねてみると、ノエリナはこう話した。
「私、オミクロンのリーダーが苦手なんです。名前なんでしたっけ、ゴメンでしたっけ? なんかあの人チャラくて、居酒屋でたまたま鉢合わせた時とか強引に誘ってきますし……。毎回どうにかのらりくらり躱してるんですけどね……」
「お、おお……それは大変だな」
そりゃ名前さえも聞きたくないレベルで嫌いもするか。
しかし、ゴメンて。
母音以外何も合ってないぞ……。
「あいつがやられたなんて良い気味ですね! しばらくは大人しくするでしょうし、これで枕を高くして寝れますよ!」
「ははは……確かに」
俺としても、昨日今日と鉢合わせて罵倒されるリスクがない分安心して出歩けてるもんな。
枕を高くして寝れるは言い得て妙かもしれない。
とはいえ……この話題、あまり続けたくはないな。
せっかく良い喫茶店に美味しいパンを食べに来てるのに、飯のマズくなるような愚痴ばかり言っててもしょうがないし。
ということで、俺は話題を変えることにした。
「ノエリナは昨日『気配からだいたい魔物の強さが分かる』って言ってたよな。それ、具体的にどんな能力か教えてくれないか?」
とりあえず何か無難そうな話題をと思い、能力について質問してみる。
すると、こんな答えが返ってきた。
「単純に言えば索敵能力ですね。近くの魔物なら位置とだいたいの強さが分かりますし、遠くの魔物も強さまでは読めずとも、位置くらいは分かります。ちなみにその精度は、針金を持っていると上昇しまして……例えば今手元にあるこれだと、半径百メートルくらいにいる魔物の位置と強さが、半径三百メートル以内の魔物の位置が分かります。針金が良質な魔法金属、たとえばミスリルとかでできていればもっと上がりますね」
ノエリナはバッグから二本の途中で折れ曲がった針金を出して見せつつそう言った。
「へえ、便利な能力だな……」
想像以上に使い勝手の良さそうな能力に、俺はただ感心してそう呟いた。
半径三百メートルは相当だな。
俺もそれだけの索敵能力があれば、昨日あんなに兎探しに時間かからなかったかもな……。
しかも針金の金属の質が良ければもっと範囲が広がるって、可能性の塊じゃないか。
「ま、あの兎に関して言えば、二百メートル以上遠くにいるところから一瞬で二十メートル先まで距離を詰められてしまったので、その強さに気づいた時にはもう手遅れでしたけどね。でも普段はこれのおかげで、敵わない敵からは十分に距離を取りつつ安全にお仕事できてます!」
「なるほどな」
あの兎、一歩で百八十メートルも動けるのか。
そりゃそんな奴、目で追えるわけもないよな……。
改めて兎の方から特攻してきてくれて良かったと思えてきたぞ。
「ちなみに昨日の兎って、蒼くない普通の魔物で言えばどれくらいの強さだったんだ?」
更に興味本位で、俺はそんな質問を重ねる。
「さあ……過去にあんなに強い魔物に会ったことがないので、正直分かりませんね。でも……あの魔物からは、ただ『強い』ってだけじゃなくて、なんかちょっと背筋が凍るような禍々しいオーラを感じました」
「へえ……そうなんだな」
そんな違いもあるのか。
蒼い魔物って、ますます不思議だな。
なんてことを考えていると、注文していたパンと飲み物がやってきた。
「わあ、良い香りですね!」
「ああ、運ばれて来た時点で幸せを感じるよな」
「ですです! じゃあ……」
「「いただきます!」」
お待ちかねの食べ物が来たので、俺たちは一旦話を中断し、食べることに専念した。
あまりの美味しさに、たくさん頼んでいたはずのパンはあっという間にテーブルから姿を消してしまった。
「ふあぁ……美味しかったですね〜!」
「ああ、最高だった」
食べ終わった後は、少しでもこの空間に長くいられるようにとばかりに、俺たちはちょびちょびと飲み物を飲んでいった。
がーーその時、本来できるだけ長くいたいはずのこの空間に、あまり長居したくない要因ができてしまった。
バタンとドアが開いたかと思うと……全身包帯グルグル巻きの四人組が店内に入ってきたのだ。
このタイミングで、あの大怪我――その正体が誰かは明白だ。
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