第8話 少女との約束
「がはっ……え、何?」
戸惑っていると、自分の真下あたりでトサッと音がした。
見てみると、そこには
まさかこいつ、目にも留まらないスピードで体当たりしてきたのか。
そして想定以上に俺が頑丈で、逆に自分が致命傷を追ってしまったと。
コントみたいな状況だが…… 恐らくこれも、相性的な何かのおかげなんだろうな。
普通はこの一撃で、人間側が致命傷を負ってしまうのかもしれない。
などと考察していると、兎が完全に事切れたのか、俺は微かに力の流入を感じた。
狼の時に比べればほんの微々たる感触だが、それでも流入を知覚できてしまうあたり、それなりに強い魔物なのは間違いないだろう。
……なんて考えてる場合じゃない。
既に手遅れでなければ、あの少女が一刻を争う事態なんだ。
急いで兎を拾い上げると、俺は少女のほうを振り返った。
が――そこで目に入ったのは、驚いた様子で立ち尽くす少女だった。
「あ、あの兎を倒せるなんて……あなた何者なんですか⁉」
え……無傷?
じゃあさっき倒れていたのはいったい。
というかこの子、口ぶりからして蒼い兎の正体について何か知っているのだろうか。
「何者も何も、兎が一方的にぶつかってきて勝手に死んだだけで……君こそ、この兎について何か知ってるのか?」
質問に質問を返すようで悪いが、俺はそう尋ねてみた。
「いえ……何も知らないです。でも、絶対に逆らってはいけない相手だってことはすぐ気づきました。私、気配からだいたい魔物の強さが分かるんです」
俺の質問に、少女はそう答えた。
言われてみれば確かに、冒険者の中には近くの魔物の強さを測れる能力を持つ者がいるとは聞いたことがあるな。
その能力で、蒼い兎の正体は不明ながらも強さだけは分かったってか。
「すみません。もう一度聞きます。あの兎を倒せるなんていったい何者なんですか? というか、『一方的にぶつかってきて勝手に死んだ』ってどういうことなんですか……」
少女は尚もそう尋ねてくる。
まあ、さっきの曖昧な返事じゃ納得のしようもないわな。
とはいえ俺も、答えてあげたくてもこれ以上の情報を持ち合わせていないのだが。
「詳しいことは自分でも分かってないんだけど……どうも俺、蒼く光る魔物が相手だと相性がいいみたいなんだ」
とりあえず俺は、自分が持っている仮説を答えておくことにした。
まだサンプル数が2なので完璧な確証までは無いものの、一応二回連続で「蒼いという特徴を持つ、倒せないはずの魔物を倒せた」という事象が発生した以上は、ここまでは言い切っちゃって大丈夫な気もするからな。
「相性……ですか……。私の感覚では、それで片付くほど生易しい相手じゃないように映ってたんですけど……。まあいいです」
少女は納得したようなしていないようなといった感じでそう言った。
うん、なんかごめん。あんまりちゃんとした答えになってなくて。
「ところで……どうして君はさっき倒れてたんだ?」
逆に今度は、さっきから俺が気になっていたことを聞いてみた。
「死んだふりをしてました。敵意が無いことを示せば見逃してくれるかも、ってとこに賭けるしか無いと思って……!」
「な、なるほど」
あれもこの子なりの生存戦略だったってわけか。
俺も完璧に騙されたので、もしかしたら本当に見逃してもらえてたかもしれないな。
そうでなくとも、俺が通りがかるまで兎を刺激せずやり過ごすことができているので、この子の目論見は大成功と言えるだろう。
「本当に怖かったです〜! 私、ああここで死んじゃうんだって思ってて……あなたは命の恩人ですー!」
少女は安堵混じりの泣き顔でてとてとと走ってきて、俺の両手を握りしめた。
「こっちこそ、被害者が出る前に目当ての魔物を仕留められて良かったよ」
「え……あの兎、狙ってたんですか⁉︎」
「まあな。俺、狼の魔物倒せるほど強くないはずなんだけどさ、なぜか昨日蒼い狼を倒せちゃってさ。今日蒼い兎が出たと聞いて、『蒼い魔物ならだいたい倒せる説』を立証したくなったんだ」
「相性への信頼が厚い……! でも確かに、昨日の今日でそういうことが起こったんでしたら、何者かなんて聞かれても困りますよね……。ごめんなさい」
「いやいや、全然良いんだよ」
さて、ここでずっと話してても日が暮れちゃうし、街に帰るとするか。
俺たちは軽くおしゃべりしながら、冒険者ギルドまで一緒に歩いた。
◇
冒険者ギルドにて、少女は自分が受注していた依頼の達成報告をし、俺は隣の素材換金所にて、二匹の兎を買い取ってもらった。
狼ほどぶっ飛んだ価格にはならなかったものの、今回の兎も相場より若干高めのお値段で買い取ってもらうことができた。
そして、冒険者ギルドの建物を出た直後。
別れ際……少女はこんな提案をしてくれた。
「あの、良ければ明日、喫茶店で会いませんか? その……改めてちゃんとお礼したくて……」
若干もじもじしながら、先ほどまでの会話中には無かったたどたどしさで少女はそう口にする。
「え、ああ……俺で良ければぜひ……」
咄嗟の思ってもみない提案に、俺はそんな頓珍漢な返事をしてしまった。
蒼い兎を倒したのは俺しかいないのに「俺で良ければ」って何だよ。
「良かったです! じゃあ、開店時間に集合で!」
俺の返事を聞き、少女はぱあっと表情を明るくしてそう言った。
「じゃあ、また明日な」
「ええ!」
例の喫茶店、次行くのは一か月くらい我慢しようと思ってたのだが……自分を甘やかす言い訳ができてしまったな。
ま、蒼い兎のプチ臨時収入もあったことだし、今回は良いことにするか。
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