第7話 「蒼い兎」と倒れていた少女
街を出た俺は、兎を倒した後のことを考えながら、ひたすら草原地帯を縦横無尽に走り続けた。
蒼い兎、素材換金所に持っていったらどれくらいで売れるだろうか。
狼みたいに相場の四倍とかで売れてくれるかな。
いや、狼はあくまで「毛皮が上級貴族に需要がある」ということでそこまで値が跳ねたんであって、兎では流石に同じようにはいかないか。
それでも、多少は高めに売れてくれたら嬉しいな。
もしそうなったら、またあのカフェに行こう。
期待が膨らんだおかげか、しばらく俺は疲れ知らずで走り続けることができた。
走るスピードも、狼討伐によるフィジカル向上のおかげか以前とは比べ物にならなかった。
途中、いつも採取している単価も薬効も低い薬草が数本生えているのが目に入ったが、今日とばかりは立ち止まりもせずそこを走り抜ける。
が――流石に期待感だけではいつまでもペースを維持できず、十五分くらい経つと息が切れてしまい、走るのをやめて歩かざるを得なくなった。
「はぁ……はぁ……。そんなにすぐには見つからないか……」
まあ、冷静に考えてこれは仕方のないことだ。
そもそも手がかりが「ストライダーズが帰省してきた方向=だいたい西」程度の情報しかないのだから、逆に十分二十分とかで見つかったらそれこそ運の使いすぎというものである。
今日中に見つけられればラッキー、程度に思っておいた方がいいかもしれないな。
そう考えを改めた俺は、以降周囲の音とかにも気をつけながら探索を進めることにした。
◇
それから約三十分後。
「……ん?」
森に近づき、周囲の草の背丈が腰くらいある場所に入りだした頃……近くでガサゴソと何かが動く音がしたので、俺は歩みを止めた。
この草の背丈で、足音が聞こえるのに姿が見えないサイズの動物……兎の可能性が高いな。
ついに目当ての魔物を見つけたか?
期待に胸が踊る中、俺は音がした方向に向かってそろりそろりと近づいていった。
が……眼の前に現れたのは、今回のターゲットではなかった。
兎は兎で間違いなかったのだが、別に蒼く光ってもない、何の変哲もないホーンラビットだったのだ。
惜しい。君じゃないんだよな。
一瞬、俺は踵を返そうかと思った。
が、本当に通常の兎なら楽々捕まえられるくらいフィジカルが向上したのか試すのも悪くないと思ったので、やっぱりそいつも捕まえることにした。
「期待させといてガッカリさせる方が悪いんだ。恨むなよ」
などと独り言を言いつつ、全速力まで急加速して兎に迫る。
結果――兎がこちらに気づいてから動き出すまでの間に距離を詰め、その首根っこを捕まえることに成功した。
「おお……行けた」
捕まえられる確信はあったが、一歩目を踏み出すことすら許さず終わるとはな。
多少は追いかけっこになると思っていた俺は、いい意味で拍子抜けした。
ま、体力を温存できるだけありがたいことだ。
軽くトドメを刺すと、俺は引き続き本来のターゲットを求めて探索を再開した。
◇
それから数時間は、蒼い兎はおろか通常のホーンラビットさえ一匹も見つからないまま、ただいたずらに時間だけが過ぎていった。
ただ遭遇してないだけならいいのだが、もう既に他の冒険者によって討伐済みになってたりはしないだろうか。
そんな、今までには無かった不安までもが胸中に渦巻き始める。
西日が眩しくなりだし、そろそろ引き返さないと街に戻る前に日が沈んでしまうと思った俺は、先に進むのをやめてもと来た道を歩み始めた。
せめて他の一般ウサギの二、三匹でも見つかってくれればまだ徒労感も無いのだが、それすら無かったのがキツいよな。
落胆しつつ、しばらく歩いていると……遠目に街が見えるようになってきた。
今日はダメだったな。
特段「誰かが蒼い兎を討伐した」という情報がなければ、明日引き続き探すとするか。
そう思い、気を新たにしようとした俺だったが――しかし。
ふと右斜め前あたりを見ると……そこに人が一人倒れているのが目に入った。
格好からするに、俺と同じく冒険者をしている……十代くらいの小柄な少女だ。
まさか――この近くで犠牲者が⁉
注意深く見渡すと……そこから更に十数メートルほど離れた地点に、微かな蒼い光が目に入った。
――見つけたぞ。
諦めかけた最後の最後に、とうとう本命のターゲットを発見した!
のはいいのだが……直前に被害者を見たせいでそこまで純粋には喜べず、俺は複雑な心境を抱くこととなってしまった。
まあ、あれこれ考えるのは一旦後だ。
この子だって、街に連れ帰ればまだ助かるかもしれないし……そのためにも、今は一刻も早く蒼い兎を倒さねば。
先ほどのホーンラビットの時と同じように、まずはできるだけ音を立てないようにそろりそろりと近づいた。
が、兎の全体が見えるくらいまで近づいた頃……流石にただのホーンラビットとは勘の鋭さも違うのか、兎がこちらを振り向いてしまった。
気づかれたからには、これ以上忍び足で近づく意味もない。
俺は全力ダッシュに切り替えようとした。
しかし――次の瞬間、なぜか兎は目の前からいなくなってしまっていた。
「消えた……?」
瞬きもせずにロックオンしてたのに、急にこんなことが起こるものだろうか。
不思議に思った俺だったが……その一瞬後。
俺は胸のあたりに、しゃっくりを止めるために叩く時程度の衝撃を受けたのだった。
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